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宋 · お金と社会

二十二種の番組表——廟の露台と街を歩く芸人

六月二十四日、汴京の灌口二郎の廟では夜明け前から露台で百戯が始まり、日暮れても終わりません。番組表は二十二種。露台前の幡竿は二本あり、一本は京城所、一本は修内司が建てました。竿に登る芸人は、赦令のとき金鶏竿を登る役も務めます。

宋 · お金と社会

商謎——宋代都市の謎売り

宋代の都市では、謎を当てさせるのが大道の商売でした。まず鼓を打って人を集め、詩謎・字謎・戻謎・社謎を当てさせます。内輪には走智・下套・貼套・横下・問因・調爽の手があり、元宵の絹灯には詩詞や蔵頭隠語が書かれて通行人をからかいました。名を残したのは有帰和尚と馬定斎です。

南北朝 · 都市と技術

千躯の仏像が大通りをゆく——洛陽の行像

四月七日、都の仏像は景明寺に集い、尚書祠曹が「凡そ一千余躯」と登記した。八日、像は順に宣陽門を入り、宮門の前で皇帝の散華を受ける。長秋寺の像は四日に先に出て、獅子が先導し、観る者は堵のごとく、「常に死人あり」。

周 · 日々の暮らし

葵と菽と子羊——春秋の人々は何を食べていたか

『七月』は農人の一年を月順に並べる。郁・薁、葵・菽、棗、稲、瓜、壺、苴、荼。主食は黍稷禾麻菽麦で、肉は歳末の子羊。朝食・蓐食の二食だが、『孟子』の「饔飧」は戦国の追述であり、春秋の献立表は残っていない。

南北朝 · お金と社会

寺の金と力——高陽王の一食と「二韭一十八」

高陽王元雍は「僮僕六千,妓女五百」、一食は数万銭を上限とした。尚書令李崇は富で天下を傾けながら吝嗇で、人は彼を「一食十八種」と言ったが、実は「二韭一十八」——韭は九と同じ音、二九で十八。洛陽の寺の多くは、こうした大邸宅が捨てられてできた。

南北朝 · 日々の暮らし

鮓と糟肉:冷蔵庫のない時代に肉をどう保つか

十二月に豚を一頭屠る。肉は食べきれない。『斉民要術』は三つの道を示す。飯で包んで酸っぱくなるのを待つ鮓、塩した酒糟に埋める糟肉、茅と厚い泥で封じて北壁の陰に掛け、七八月まで持たせる苞肉である。

南北朝 · 都市と技術

四夷館と四通市——北魏洛陽、出身別に住み分けた城南

洛水の永橋の南、御道の東西に四館と四里が並ぶ。呉人は金陵館、北夷は燕然館、東夷は扶桑館、西夷は崦嵫館に入り、三年で宅地を賜った。附化の民は「万有余家」と記され、四通市では「洛鯉伊魴、貴於牛羊」——洛の鯉と伊の魴は牛羊より高かった。

南北朝 · 日々の暮らし

酪奴——王粛の一食と北魏の南北の味覚

南斉から北魏に降った王粛は、洛陽に来たころ羊肉も酪も口にせず、鯽魚の羹を食べ、渇けば茶を飲んだ。同僚は彼を「漏卮」とからかった。数年後、殿上で羊肉の酪粥を多く食べた彼は、茶は「酪に奴たるのみ」と答える。茶に別名が生まれ、王粛はただ一人の男として残った。

漢・新 · 日々の暮らし

粟三石三斗三升少——漢の辺塞、ある戍卒の名簿

一枚の木簡は長さ23.5センチ、重さ4.66グラム。そこに十五、六人の名が並ぶ。令史、尉史、鄣卒、施刑、どの行も「粟三石三斗三升少」、月と「自取」の二文字。漢代辺塞の口糧名簿である。