十二月に豚を一頭屠る。肉は一度には食べきれない。問題は「どう殺すか」から「どう置くか」へ移る。六世紀の『斉民要術』は答えを二か所に分けて収める。巻六「養猪」はいつ屠り、どう肥えさせるかを説き、巻九の「作𦞤奥糟苞」——塩蔵、脂煮、糟漬け、泥包みの四種をまとめた篇——は屠った後のことを説く。三つの道を並べて見てはじめて、この技術の姿が見えてくる。一つの方法の三つの書き方ではなく、三つの異なる考え方なのだ。

一、臘月:時間もまた材料である

まず、なぜ臘月か。巻六は豚を飼う一年の拍子を書く。八、九、十月は外に出して自分で餌を探させ、家では与えない。「糟糠の所有は、則ち蓄えて窮冬春初を待つ」——糟と糠は取っておき、冬の底と春の初めに使う。秋の間に食べさせた豚は、冬に入って脂を蓄え、十二月に最も肥える。同じ巻は、子豚は生まれて三日で尾を掐み、六十日で去勢すると言う。「犍なる者は骨細く肉多し。犍ならざる者は骨麤く肉少なし」。冬に生まれた子豚はさらに手がかかり、甑に入れて一晩蒸さねばならない。蒸さなければ十日と持たずに死ぬ。

この拍子が、後のすべての仕事の時機を決める。巻九「作𦞤肉法」の冒頭はこうだ。「臘月中に作る者は良く、夏を経ても虫无し。余月に作る者は、必ず覆護せねばならず、密ならざれば則ち虫生ず」——臘月に作ればよく、夏を越しても虫がつかない。他の月に作るなら覆いを厳重にせよ、密でなければ虫がわく。同じ処方でも、月が違えば結果が違う。この技術では季節が材料のひとつなのだ。同じ巻には奥肉(脂一升、酒二升、塩三升、煮て「脂の肉を没する」まで)もあり、糟肉には別に「春夏秋冬皆な作るを得」と注記されて、臘月の制限を受けない。

二、鮓:飯で肉を包み、酸っぱくなるのを待つ

第一の道は最も短い。条文は三句しかない。「好しき肥猪肉を臠に作り、塩して鹹淡口に適せしむ。飯を以て糝を作し、鮓を作る法の如し。酸気有るを見て、便ち食すべし」——よい肥えた豚肉を切り、塩で鹹淡を整える。飯を「糝」として肉に混ぜ、鮓を作る要領で仕込み、酸気が出たら食べる。

肝心なのは最後の判断基準である。日数ではなく、色でもなく、「酸気有り」。料理する者は鼻で、瓮を開ける時を決める。「鮓を作る法の如し」の六文字は、鮓作りが当時の常識で、読者はすでに知っていたことも示す。豚の鮓は材料を替えて、魚の鮓の成法に従っただけだ。

現代の説明を加える。飯のでんぷんが微生物に利用され、乳酸などの酸味物質が生じ、酸度が上がると、肉を腐らせる別の菌の働きが遅くなる。塩は同時に水分の一部を奪う。原文はこの変化を説明しない。「酸気有るを見る」があるだけだ。だからこの処方が書き留めたのは、操作と判断であって、原理ではない。

三、糟肉:酒糟、塩、そして十日

第二の道は酒糟を使う。「糟肉を作る法」。水と酒糟をこねて粥のようにし、塩を加えて塩辛くする。「捧炙の肉」を糟に埋める。瓮は家の下の陰に置く。食べるときは酒にも飯にも「炙いて之を啖う」、もう一度焼いてから食べる。最後の一句が保存期間だ。「暑月は十日臭わずを得」。

三つのことが同時に働いている。塩が水分を抜き、酒糟が肉を空気から切り、陰が冷やす。肉も生ではない。炙法によれば、「捧炙」は大きな肉片を火に近づけて片面ずつ焼き、色が白くなったら切る食べ方である。だから「捧炙の肉」はすでに火を見た肉だ。それを糟に埋めるのは、上着を二枚着せるようなものだ。

ここの「糟」は捨てる物ではない。巻六の養猪では、糟と糠は豚にやるために取っておく。巻九の肉の保存では、糟は漬け床になる。酒を造った後の一缸が、同じ家で二つの用途を持つ。季節と必要次第だ。十日は短いとはいえ、それは暑天の十日、一年で最も肉が傷みやすい十日である。

四、苞肉:泥の封と、屋北の陰

第三の道は最も材料が少なく、最も時機を選ぶ。「十二月中に猪を殺し、宿を経て、汁尽きて浥浥たる時、割いて捧炙の形と為し、茅、菅の中に之を苞む。菅、茅无ければ、稲稈も亦た得。厚き泥を以て封じ、裂けしむること勿れ。裂けば復た泥を上す。屋外の北陰の中に懸け、七八月に至るを得、新しく殺したる肉の如し」。

時点の書き方が細かい。殺してから一晩置き、「汁尽きて浥浥」——血が抜け、表面が乾ききるか乾ききらないかの境目で切る。一拃ほどの長さに切り、茅や菅で包み、外に厚い泥を塗り、ひびが入れば塗り直す。そして家の中には入れず、家の北側の日陰に掛ける。十二月から七八月まで、半年あまり。下ろせば「新しく殺したる肉の如し」。

この処方には「塩」の字が一つもない。頼りにしているのは、空気を通さない殻と、日陰という位置と、一年で最も寒い数日である。泥の殻は虫と空気を防ぎ、北の壁は日を防ぐ。中の肉がなぜ変わらないのか、書は説明しない。「新しく殺したる肉の如し」の八字を残すだけだ。

五、三つの道、それぞれ何に頼るか

並べて見ると、三つの道は別の問いを扱っている。鮓は「肉を酸っぱくする」。糟肉は「塩と糟で肉を囲う」。苞肉は「肉を封じて、最も寒く最も暗い所に置く」。一つは発酵、一つは塩と酸素の遮断、一つは密封と低温。同じ一冊に三つの考え方が並ぶということは、当時の人々の手元に一そろいの手段があったということで、「塩漬けにする」の一言では済まない。

現代の説明。塩は肉の中で使える水分を減らし、腐敗菌が育ちにくくなる。飯の発酵が酸を生み、酸度が上がれば他の菌も止まる。泥の封と北の陰は空気を断ち、温度を下げる。三つとも「環境を変えて、肉が傷むのを遅らせる」ことに属する。原文にこうした言い方はない。これは今日の説明だ。

だから「古人は防腐の科学を知っていた」と言ってはならない。彼らの手元にあったのは、試行を重ねて作り上げた操作と判断である。何月に作り、塩をどれだけ入れ、どんな匂いなら成り、泥が裂けたら塗り直す。その経験が伝わったのは、冷蔵庫のない場所で役に立ったからだ。なぜ役に立つのかは、ずっと後の時代にならなければ説明できなかった。本が遺したのは手であって、理屈ではない。瓮ひとつ、糟の一缸、北の壁一枚——それがこの保存法の設備のすべてだった。

参考資料・関連文献

  1. 贾思勰《齐民要术》卷第九「作𦞤奥糟苞第八十一」「炙法第八十」(猪肉鲊、作糟肉、苞肉、作𦞤肉、捧炙)(Jia Sixie, Qimin Yaoshu, juan 9: 'Pickled, Fat-cooked, Lees-cured and Mud-packed Meat', with the roasting chapter) — All three methods quoted here, plus the pengzhi cut of meat that both the lees and the mud methods start from.
  2. 贾思勰《齐民要术》卷第六「养猪第五十八」(Jia Sixie, Qimin Yaoshu, juan 6: 'Raising Pigs') — Why the twelfth month: the autumn feeding regime, grain and chaff stored for deep winter, castration, and winter piglets kept alive in a steamer.