四つの句、一つの型である。「有虞氏禘黄帝而郊嚳,祖顓頊而宗堯」――有虞氏は黄帝を禘し、嚳を郊し、顓頊を祖とし、堯を宗とする。「夏后氏亦禘黄帝而郊鯀,祖顓頊而宗禹」――夏后氏も同じく黄帝を禘し、鯀を郊し、顓頊を祖とし、禹を宗とする。「殷人禘嚳而郊冥,祖契而宗湯」――殷人は嚳を禘し、冥を郊し、契を祖とし、湯を宗とする。「周人禘嚳而郊稷,祖文王而宗武王」――周人は嚳を禘し、稷を郊し、文王を祖とし、武王を宗とする。四代、それぞれ四つの動詞。動詞は一つも変わらず、名だけが四つずつ入れ替わる。
一、四つの事、一つの型
頁自身がこの四つを一組として扱う。「七代之所更立者,禘、郊、宗、祖,其餘不變也」――七代のうちに改め立てられたのは禘・郊・宗・祖であり、その余は変わらない。変わらないものは、その直前に書かれている。「大凡生於天地之間者皆曰命,其萬物死皆曰折,人死曰鬼,此五代之所不變也」――天地の間に生まれたものはみな命といい、万物の死は折といい、人の死は鬼という。このことは五代のあいだ変わらない。だからこの四句は動詞の名簿であって、物語ではない。
本稿が追うのは四つのうち三つ、禘・祖・宗である。郊は広げない。郊はここでは四つ並んだ祭名の一つとして出てくるだけであり、一般には郊外で行う祭とされる。どこで行うか、何年ごとか、誰が主祭するかは書かない。名簿のすぐ後に続く、壇の位置と犠牲を述べる句は一句も取らない。ただし「郊冥」の二字は残す。これを削れば四句の対句が切れてしまう。それは改字であって、慎重ではない。
二、王ならざれば禘せず
同じ篇が制限と定義の両方を与える。制限は六字。「禮不王不禘」――王でなければ禘はできない。頁の上ではこの六字は括注の形で置かれ、正文の行款ではない。ここではそのままに記す。定義はこうである。「王者禘其祖之所自出,以其祖配之,而立四廟」――王は自分の祖の出てきたところの者を禘し、自分の祖を以てこれに配し、四廟を立てる。さらに「庶子王亦如之」――庶子が王となった場合も同じである。
つまり禘は祖そのものを祭るのではない。祖の出てきたところの者を祭り、祖はその傍らに配される。その者が誰かは、頁は言わない。本稿も推さない。四句の名簿には二つずつの対が見える。有虞氏と夏后氏はともに黄帝を禘し、殷人と周人はともに嚳を禘する。ここではこれを名簿としてのみ読み、世系を並べ替えず、年代を補わない。
三、祖と宗は同じではない
仕組みもこの篇にあり、ただし尺度は家族のものである。「别子爲祖,繼别爲宗,繼禰者爲小宗」――正支を離れた子が祖となり、その別を継ぐ者が宗となり、自分の父を継ぐ者が小宗となる。別子は一般に嫡長子でない子、禰は一般に亡父とされる。言葉を換えれば、祖は一つの支を開く者、宗はその支を受け継ぐ者である。四句の名簿の「祖契」「宗湯」も、この開くことと受け継ぐことであり、ただ王朝の段階まで引き上げられている。
次に動きである。頁で最も強い二句。「有五世而遷之宗,其繼高祖者也」――五世にして遷る宗があり、それは高祖を継ぐ者である。「是故祖遷於上,宗易於下」――だから祖は上へ遷り、宗は下で入れ替わる。理由はこうである。「尊祖故敬宗,敬宗所以尊祖禰也」――祖を尊ぶから宗を敬う。宗を敬うことは、すなわち祖と禰を尊ぶことである。五世をどう数えるかは頁が与えない。本稿も推さない。
後の数句は一字だけ換えて同じことを言う。「庶子不祭祖者,明其宗也」、「庶子不祭禰者,明其宗也」――庶子が祖を祭らず、禰を祭らないのは、いずれも「宗」を明らかにするためである。結びは四項に収まる。「親親、尊尊、長長,男女之有别,人道之大者也」――親を親とし、尊を尊とし、長を長とし、男女に別がある。これが人道の大きな四つである。
四、其の官に勤めて水死す
『祭法』は後半で問いを変える。誰が祭祀に値するのか。答えは五条である。「法施於民則祀之,以死勤事則祀之,以勞定國則祀之,能禦大菑則祀之,能捍大患則祀之」――法を民に施した者は祀り、死を以て事に勤めた者は祀り、労を以て国を定めた者は祀り、大菑を禦いだ者は祀り、大患を捍いだ者は祀る。五つの「則祀之」、一条ごとに一つの資格である。
冥もこの名簿にいる。「契爲司徒而民成,冥勤其官而水死,湯以寬治民而除其虐」――契は司徒となって民を成し、冥はその官に勤めて水死し、湯は寬をもって民を治めてその虐を除いた。そして一句、「此皆有功烈於民者也」――これらはみな民に対する功烈ある者である。頁が冥に与えるのは七字だけである。「冥勤其官而水死」――水の官が、職務のうちに死んだ。五条の第二条「以死勤事」に、そのまま当たる。四句の名簿のなかで、冥は「郊」の対象であり、祖でも宗でもない。本稿が書くのは、彼がなぜ覚えられたかであって、その祭がどう行われたかではない。
五、名簿の外
篇末は門を閉じる。「及夫日月星辰,民所瞻仰也;山林、川谷、丘陵,民所取財用也。非此族也,不在祀典」――日月星辰は民が瞻仰するところ、山林・川谷・丘陵は民が財用を取るところである。「非此族也,不在祀典」――この類でないものは祀典に入らない。篇全体が書いているのは一つの名簿である。誰が入れて、何が外に残るか。
二頁が与えないもの。どの祭の儀節もない――犠牲も、位置も、順序もない。四代それぞれの世系もない。「祖之所自出」が誰かという答えもない。本稿は一つの祭も語らず、四代を一つの世系に並べず、制度の歴史も書かない。隣り合う三篇はこうである。帝が何を与え何を差し控えるかを書く篇、祭祖の楽舞を書く篇、漢代に郊で天を祭ったことを書く篇。ここにあるのは、四つの動詞の枠、禘の定義とその王の制限、祖と宗を分ける一句、そして七字――職務のうちに水に溺れた一人の話だけである。
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参考資料・関連文献
- 《礼记·祭法》(维基文库本,白文无注,页面标 textquality 75%,未与中华书局点校本复核) — Four sentences, one for each dynasty, in exactly the same shape: 有虞氏禘黄帝而郊嚳,祖顓頊而宗堯; 夏后氏亦禘黄帝而郊鯀,祖顓頊而宗禹; 殷人禘嚳而郊冥,祖契而宗湯; 周人禘嚳而郊稷,祖文王而宗武王. The page itself treats the four things as a set: 七代之所更立者,禘、郊、宗、祖,其餘不變也, while what does not change is that 人死曰鬼. Then come the sentences this article does not use — the altars and the victims — and after them the machinery of temples and the five clauses on who deserves sacrifice: 法施於民則祀之,以死勤事則祀之,以勞定國則祀之,能禦大菑則祀之,能捍大患則祀之. Among the named worthies: 契爲司徒而民成,冥勤其官而水死,湯以寬治民而除其虐,and 此皆有功烈於民者也. It ends 非此族也,不在祀典. Text obtained through the Wikisource export service (ws-export.wmcloud.org); the page header (textquality) could not be re-checked in that export and is reported as the pack records it. The sentences immediately following the four-dynasty list, on altars, victims and the places of sacrifice, are not quoted anywhere in this article.
- 《礼记·丧服小记》(维基文库本,白文无注,页面标 textquality 75%,页内有页面自带括注,未与中华书局点校本复核) — Three short passages out of a long chapter on mourning dress. The first is the limit and the definition: 禮不王不禘 — which the page carries as a parenthetical, not as running text — and 王者禘其祖之所自出,以其祖配之,而立四廟, with 庶子王亦如之. The second is the mechanism of ancestor and line: 别子爲祖,繼别爲宗,繼禰者爲小宗; 有五世而遷之宗,其繼高祖者也; 是故祖遷於上,宗易於下; 尊祖故敬宗,敬宗所以尊祖禰也; 庶子不祭祖者,明其宗也 and 庶子不祭禰者,明其宗也. The third is the closing frame: 親親、尊尊、長長,男女之有别,人道之大者也. Everything else in the chapter is mourning-dress detail and is not used. Text obtained through ws-export.wmcloud.org; the page header could not be re-checked in that export.




