『商頌·那』は「猗與那與,置我鞉鼓」で始まる——讃美の声が上がるや、まず鼓を据える。次の句「奏鼓簡簡,衎我烈祖」——鼓を打つ音は、わが烈祖を楽しませるためである。もう一首の『烈祖』は「既載清酤」から始まる。清酒がもう酌られている。二首とも一章二十二句の祭祖の楽歌である。毛序は『那』を成湯に、『烈祖』を中宗に配する——これは漢人の書いた序であって、詩の本文ではない。
置我鞉鼓
『那』の楽器は一つずつ出てくる。「置我鞉鼓」——手鼓を据える。「奏鼓簡簡」——鼓の音は簡簡。「鞉鼓淵淵,嘒嘒管聲」——手鼓は淵淵、管の音は嘒嘒。「既和且平,依我磬聲」——和して平らかなのは、わが磬の声による。「庸鼓有斁,萬舞有奕」——庸鼓は盛んに、万舞は序を踏む。鼓・管・磬・庸鼓、さらに一場の万舞が、みなこの一章にある。「庸鼓」の二字には頁末に注がないので、ここで名を定めない。頁末の注が解くのは五語だけである。猗与は嘆美の辞、衎は楽、綏は安、斁は盛ん、奕は次序。
楽器の出る順がある。まず鼓を据え、次に鼓を打ち、それから「湯孫奏假」、続いて鼓と管、磬、庸鼓と万舞。読めば一場の楽舞の順のように見える。だがこれは楽歌であり、順は歌の中の順であって、儀式次第の説明書ではない。詩は、楽器を何個使うか、誰が奏するか、どれだけ奏するかを言わない。「楽隊」や「指揮」を指す語もなく、楽器の音が一つずつ続くだけである。
湯孫
主祭者は詩の中で「湯孫」と呼ばれる。『那』には三度出る。「湯孫奏假」「於赫湯孫」「顧予烝嘗,湯孫之將」——『烈祖』の結びも同じ一句「顧予烝嘗,湯孫之將」である。「湯孫」は一般に湯の子孫と解されるが、本頁に注はない。『那』にはさらに「我有嘉客,亦不夷懌」——嘉客があり、彼らも悦ばないことはない、また「自古在昔,先民有作。溫恭朝夕,執事有恪」——古より先民に作があり、朝夕温恭にして、執事にはつつしみがある、とある。『烈祖』の冒頭は「嗟嗟烈祖,有秩斯祜。申錫無疆,及爾斯所」。
祭品は『烈祖』にある。「既載清酤」——清酒がもう盛られた。「賚我思成,亦有和羹」——成ることを我に賜い、和羹もある。「既戒既平」——既に備わり既に平らか。「鬷假無言,時靡有爭」——大いに合わせて言なく、争うものもない。さらに車馬と福が続く。「約軝錯衡,八鸞鶬鶬」——軝を約め衡を錯り、八鸞は鶬鶬と鳴る。「以假以享,我受命溥將」「自天降康,豐年穰穰」「來假來饗,降福無疆」。清酤は通行に清酒と解し、和羹は味を調えた羹である。頁末に注はないので、ここでは「一般に」と断る。
成湯を祀り、中宗を祀る
二首の頁首にはそれぞれ一行の毛詩序がある。『那』は「《那》,祀成湯也。微子至于戴公,其間禮樂廢壞。有正考甫者,得《商頌》十二篇於周之大師。以《那》為首。」『烈祖』は「《烈祖》,祀中宗也。」——一つは成湯を祀り、一つは中宗を祀る。中宗は一般に太戊を指すとされるが、本頁に注はない。序は漢人が書いたもので、漢人の理解した祭祀対象と『商頌』の由来を語る。詩の本文として読むことはできない。「正考甫が周の太師から『商頌』十二篇を得た」も序の叙述である。
『商頌』の成詩年代には論争がある。伝統的には商末、春秋の宋人の作とする説もある。毛序が『商頌』の由来を正考甫に負わせることは、それ自体が年代問題の一部である。二頁とも裁断せず、ここでも裁断しない。詩の中の器物と場面はこの二首を読むために使えるが、逆に年代を定めることはできない。
詩の中に見えるもの
二首の品目を並べてみる。楽器は四件——鞉鼓・管・磬・庸鼓、それに万舞。祭品は二つ——清酤(清酒)と和羹。車馬が一組——約軝錯衡、八鸞鶬鶬。主祭者は「湯孫」と呼ばれ、「嘉客」と「執事」もいる。祭名は「烝嘗」(一般に秋嘗冬烝と解する、本頁に注はない)。詩は場所を書かず、廟堂の語もなく、楽器の数も、楽工の人数も、長さも、音律も書かない。これらは補わない。「万舞」も名を挙げるだけで、どう舞うかは言わない。
二首を対照する。同じところは、ともに「顧予烝嘗,湯孫之將」で結び、ともに楽があり、酒があり、祖先への讃美があること。違うところは、『那』は鼓で始まり万舞で盛り上がり、重きは音と舞の列にある。『烈祖』は清酤・和羹・車馬・豊年・福禄を主とし、重きは祭品と祈りにある。二首とも祭祖の楽歌である(毛序と文体から、一般にそう解される)が、どちらも儀式の手引きではない。
二頁のあいだ
この篇が問うのは一つだけ——この二首のうちに、祭祖の現場として何が見えるか。見えるのは器物と順である。鼓・管・磬・庸鼓・万舞・清酤・和羹・車馬・湯孫・嘉客。見えないのは、儀式がどう並べられ、誰がどこに立ち、どんな音律を用い、どれだけ続いたかである。起源の物語も書かず、甲骨の祭祖も書かない。站内には商代の祭祀と祖先観を書いた篇、起源神話を書いた篇が別にあり、この篇はそれらと線を分け、ただこの二首を読む。詩の中の音はみな形容詞——簡簡・淵淵・嘒嘒・鶬鶬——であって、楽譜ではない。器物名は照録し、「商代の音楽は発達していた」といった総評は書かない。
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参考資料・関連文献
- 《诗经·商颂·那》(维基文库本,未与点校本复核) — One stanza, twenty-two lines, with a Han Mao preface at the head: 'Na was sung in sacrifice to Tang. From Wei Zi to Duke Dai the rites and music fell into ruin; there was Zheng Kao Fu, who obtained the twelve pieces of the Shang hymn from the Grand Master of Zhou, and Na was the first' (《那》,祀成湯也……以《那》為首). The poem: 'how lovely, how fine! We set out our hand-drums; we beat the drums, tang-tang, to gladden our forefather Tang; the descendant of Tang plays the music … hand-drums boom, the pipes go hui-hui; all in tune and level, resting on our chime-stones; how glorious is the descendant of Tang, solemn is his sound; the great drums are full, the wan dance has its order; we have good guests, and they are not displeased; from ancient times the former people made this; warm and respectful morning and evening, those who serve are reverent; look on our winter and autumn sacrifice, brought by the descendant of Tang' (置我鞉鼓……顧予烝嘗,湯孫之將). The page's notes gloss five words only — yi-yu as praise, kan joy, sui peace, yi fullness, yi (dance) order — and the page dates the poem 'one stanza, twenty-two lines'.
- 《诗经·商颂·烈祖》(维基文库本,未与点校本复核) — One stanza, twenty-two lines, with the Han Mao preface: 'Lie Zu was sung in sacrifice to Zhong Zong' (《烈祖》,祀中宗也). The poem: 'ah, ah, our forefather, ordered blessings are his; blessings without limit extended to this place; the clear wine is already set out; reward us with our completed thoughts; there is also the blended broth, prepared and level; the great gathering is without words, and there is no strife; give us long life, yellow and grey without limit; the yoke-ends and cross-bar are inlaid, eight bells chiming; we come and present, and we receive the mandate broadly; heaven sends down well-being, a year of abundance; come, come and enjoy; send down blessings without limit; look on our winter and autumn sacrifice, brought by the descendant of Tang' (嗟嗟烈祖……顧予烝嘗,湯孫之將). The page gives no commentary and no glosses; the lines sit inside a poem block, and the page dates the poem 'one stanza, twenty-two lines'.




