周礼のなかの酒正は、記録なしには何も外へ出ない官署である——何を、いつ、どれだけ出したか。日が終われば締め、月が終わればまとめ、年末には総計し、担当者は酒の出来で評価される(以酒式誅賞)。記録に載らないものが一つだけある——王と后自身の飲み分である。
酒の官署
まず員数。酒正——中士四人、下士八人、府二人、史八人、胥八人、徒八十人(中士四人,下士八人;府二人,史八人,胥八人,徒八十人)。酒人——奄十人、女酒三十人、奚三百人(奄十人,女酒三十人,奚三百人)。五斉三酒を作り、祭祀に供するのは彼らであり(掌為五齊三酒,祭祀則共奉之)、賓客のための酒も持ち出す(共賓客之禮酒、飲酒而奉之)。漿人——奄五人、女漿十五人、奚百五十人(奄五人,女漿十有五人,奚百有五十人)。これは編制であって、ある年の実人数ではない。
酒正の仕事は、材料を出し、産物を分類することである。「酒の政令を掌り、式法を以て酒材を授く」(掌酒之政令,以式法授酒材)。次に名目。五斉——泛齊・醴齊・盎齊・緹齊・沈齊。三酒——事酒・昔酒・清酒。四飲——清・醫・漿・酏。頁は名を並べるだけで、注を一つも付けない。ところが漿人の条には六飲が挙がる——水・漿・醴・涼・醫・酏(六飲水、漿、醴、涼、醫、酏)——酒正の四飲と同じ組ではない。二つの条は噛み合わず、頁のどこにもそれを調停する注はない。
八つの尊と一冊の帳簿
祭祀はまた別の数である。酒正は五斉と三酒を「八尊を満たす」ために供する(以實八尊)。大祭には三組の副え、中祭には二組、小祭には一組(大祭三貳,中祭再貳,小祭壹貳)、それぞれ酌数があり、斉酒だけは副えない(唯齊酒不貳)。貳とは二つ目の、副の尊のこと——一般にはそう取られる。后と世子の飲み物と酒もまた酒正が供する(及後、世子之飲與其酒)。王の燕飲には酒を「数に従って」供し(共其計)、士・庶子・耆老・孤子の饗には「酌数なし」(無酌數)——杯の数を定めない。
発給には証がある。「秩酒を持つ者は、書契を以て之を授く」(凡有秩酒者,以書契授之)、賜与もまた法に従って行う(皆有法以行之)。そして帳簿——「酒正の出は、日に入りて其の成を致し、月に入りて其の要を致し、小宰之を聴く。歳終われば則ち会す。唯だ王及び后の飲酒は会せず。酒式を以て誅賞す」(酒正之出,日入其成,月入其要,小宰聽之。歲終則會,唯王及後之飲酒不會,以酒式誅賞)。酒で評価される官署でありながら、二人の飲み手を帳簿から外している。
一冊の農書
二冊目は官制の書ではなく、農書である。そして同じ世界でもない。『斉民要術』は六世紀、北朝の中国の農業百科であり、賈思勰(かしけん)の撰である。その巻七は、ある家に麴の作り方と酒の醸し方を教える。官はなく、祭祀もなく、帳簿もない。『周礼』の理想の官僚制とこの庭のあいだには数世紀があり、二つは互いを証すことに使えない。ここでは二種類のテキストとして読む。
麴は麦から作る。三つの状態がある——「凡そ三斛の麦麴を作る法、蒸・炒・生、各々一斛」(凡作三斛麥麴法:蒸、炒、生,各一斛)。炒った麦は黄色になるまでで焦がさない。生麦は選ってきれいにする。それぞれ別に細かく挽き、三つを合わせる。頁には麴の処方が二つあり、短いほうがより精確である。餅は円い鉄の型で作り、「径五寸、厚さ一寸五分」(徑五寸,厚一寸五分)、平らな板の上で屈強な男が踏み固め、木の杭で穴を刺す(以杙刺作孔)。東向きの扉を持つ清潔な部屋に置き、窓や隙間は泥で塞いで風を通さない。七日目にその場で返し、十四日目に集め、二十一日目に外へ出して日に干す——「麴成れり」(麴成矣)。
長いほうの処方は、同じ麦で、別の次第を伴う。まず日を選ぶ——「七月、中寅の日を取る」(七月取中寅日)。日の出前に、青衣の童子が水を汲む。二十斛。殺地に向かって(面向殺地)。混ぜて丸めるのも童子や小児で、みな同じ方角を向く。地面には道筋が画かれ、それぞれの道に「麴人」が置かれ、そのあいだに「麴王」五人が立てられる。酒・乾肉・茹でた餅が供えられ、主人が文を三度読み、二度拝す。頁はそのあと、自分で両者の違いを示す。短い処方は最初のものと同じで、「もはや阡陌を画くことも、酒と脯、湯餅、麴王の祭り、童子が手で餅を団ねることもない」(無復阡陌、酒脯、湯餅、祭麴王及童子手團之事矣)——ただそれだけだ、と。儀礼と作坊が同じ紙の上に並び、どちらがどちらかと記されている。
魚の目の水を待つ
醸造は乾いた餅から始まる。日に五日ほど干し、日に三度、箒で刷ってきれいにし、砕き、一斗を臼で搗く。「若し麴一斗を浸すには、五升の水を与う。麴を浸すこと三日、魚眼の湯の沸くが如くならば、米を酘く」(若浸麴一斗,與五升水。浸麴三日,如魚眼湯沸,酘米)。米はよく精り、二十回淘ぐ。酒の飯は柔らかく炊き、広げて「舒べて極めて冷やし、然る後に之を納る」(舒使極冷,然後納之)——甕に入れる前に。
次に下米。秫米・黍米の酒では、「一斗の麴、米二石一斗を殺ぐ」(一斗麴,殺米二石一斗)、四度に分けて下す——最初に三斗、一晩おいて五斗、さらに二晩おいて一石、さらに三晩おいて三斗(第一酘,米三斗;停一宿,酘米五斗…又停三宿,酘米三斗)。糯米の酒は違う。一斗の麴で「米一石八斗を殺ぎ」、米は三度しか下さない(唯三過酘米畢)。
この二冊が与えないもの
どちらの本も、強さも、収量も、費用も、飲む人も与えない。『周礼』の数は員数であって人ではなく、五斉三酒は頁に注のない名であり、どんな味だったかはここからは取り戻せない。農書の升斗は一户の家に向けたもので、その家の大きさも道具も成否も書かれない——どうやるかを言い、どれだけできたかを言わない。並べてみると、二冊は一つの液体を二つの言い方で語っている——一冊は人と尊を数えて帳簿を締め、一冊は斗と日を数えて水面が魚の目のようになるのを待つ。互いの証拠にはならない。
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参考資料・関連文献
- 《周礼·天官冢宰》(酒正、酒人、浆人;战国至汉初成书;维基文库本,未与点校本复核) — The wine officers of the Zhouli with their establishments counted to the last menial; the director issues the raw materials, distinguishes five ferments, three wines and four drinks, supplies eight sacrificial vessels with three, two or one extra sets, and keeps the accounts daily, monthly and yearly — except that the king's and queen's own drinking is never audited. The beverage men's entry lists six drinks, not four; the page reconciles nothing.
- 贾思勰《齐民要术》卷第七(造神麴饼酒第六十四等;六世纪北朝;维基文库本,未与点校本复核) — A sixth-century northern farm manual. Three hu of wheat starter, one hu each steamed, roasted and raw; two recipes on the page, the fuller with a chosen day, boys in blue fetching water facing the direction of death, and five starter kings, the shorter with an iron mould five inches by one and a half and no rite at all; then brewing — a dou of starter in five sheng of water for three days, until it seethes like fish-eye water, then rice fed in four times, one dou of starter carrying two shi one dou of grain.




