二行の記事、いずれも短い。『漢書·武帝紀』——「三年春,作角抵戲,三百里內皆來觀」。三年後——「夏,京師民觀角抵于上林平樂館」。一度はこの戲を「作」り、觀る者は三百里内に及んだ。一度は京師の民が上林平樂館で觀た。この一篇はこの二行と、もう二頁にある外賓向けの二つの興行だけを書く。

一、本紀の二行——季節、動作、場所、観客

二行とも『武帝紀』に出て、どちらも言葉が省かれている。季節一つ、動作一つ、場所一つ、観客一群。元封三年の春、角抵戲は「作」られた——新しく作られたもの。観客は距離で測る——「三百里內」。元封六年の夏、観客は「京師民」に変わり、場所は具體的に書かれる——「上林平樂館」。何を演じたか、何人で演じたか、どれだけの長さか、場がどれほど広いか、本頁は一つも与えない。

「角抵」の二字を、本篇は譯さない。『漢書』は「角抵」に書き、『史記』は同じ類の場面で「觳抵」に書く。字形が二つあり、そのまま並べる。二頁ともこの語を説明せず、本篇も「レスリング」「雜技」といった現代の名を當てない——原文の呼び方だけを殘す。數えてみる。本紀に二度、西域傳に二度、史記に二度、しかも史記は「觳抵」に作る。

二、平樂觀——外賓に見せたあの一場

外賓に見せた一場は『漢書·西域傳下』にあり、送別の一部である——「天子自臨平樂觀,會匈奴使者、外國君長大角抵,設樂而遣之」。天子自ら平樂觀に臨み、匈奴の使者と外國の君長と會して大角抵を行い、樂を設けて彼らを送った。場面は前の數句が説明する。烏孫が使者を遣わして「凡三百餘人,入漢迎取少主」、漢は相夫を公主として、まさに烏孫へ送ろうとしていた。だからこれは送別であり、迎親に來た使團が観客の中にいた。本頁は年號——元康二年——と、迎えに來た烏孫の使團「凡三百餘人」を与える。

もう一段は曲目表を与えるが、同じ場ではない——「設酒池肉林以饗四夷之客,作《巴俞》都盧、海中《碭極》、漫衍魚龍、角抵之戲以觀視之」。《巴俞》、都盧、海中《碭極》、漫衍魚龍、角抵之戲、五つの名目をそのまま録す。本篇はこの單子と平樂觀の送別を合併しない。別の段落から出ており、本頁も一度の公演だとは言っていない。

三、『史記』のあの頁——巡狩につきしたがって演じる

『史記·大宛列傳』が書くのは別の場面である——一場ではなく、巡狩に隨いて一路に示すもの——「是時上方數巡狩海上,乃悉從外國客,大都多人則過之,散財帛以賞賜,厚具以饒給之,以覽示漢富厚焉。於是大觳抵,出奇戲諸怪物,多聚觀者,行賞賜,酒池肉林,令外國客遍觀各倉庫府藏之積,見漢之廣大,傾駭之」。外國の客をすべて連れ、人の多い大都は通り抜け、財帛を散じて賜い、厚く給して、漢の富厚を見せる。そこで大觳抵を行い、奇戲と諸怪物を出し、多くの觀る者を聚め、賞賜し、酒池肉林、さらに外國の客に各倉庫府藏の積を遍く觀させ、漢の廣大を見せて、震え上がらせた。この段は「表演」と「示富」を一つに書いており、本篇はそのまま録し、切り離しも評語の追加もしない。

續いて一句のまとめ——「及加其眩者之工,而觳抵奇戲歲增變,甚盛益興,自此始」。眩者の技が加わってから、角抵と奇戲は年々増えて變わり、ますます盛んになった、それはここから始まる、と。この一句は史書の判斷であり、本篇は判斷として標す。「歲增變」の三字も、年々エスカレートするというだけで、年表は与えない。

四、眩人——黎軒から來た人

幻人は禮物として來た。『大宛列傳』は安息を語る——「漢使還,而後發使隨漢使來觀漢廣大,以大鳥卵及黎軒善眩人獻于漢」。漢使が戻ったのち、安息は使者を遣わして漢使に隨って來させ、漢の廣大を觀させ、大鳥卵と黎軒の「善眩人」を漢に獻じた。上文の主語は安息であり、ここで人を獻じたのは安息側である。「黎軒」は本頁では名だけであり、同卷の前にもう一句、相對的な方位語があって、安息の「北有奄蔡、黎軒」という。眩人が何をするかは、本頁は書かない。「黎軒」も本頁では説明せず、この一句のほかは方位語が一處だけ。さらに同卷が條枝を語るところに「國善眩」の一句がある——それは最も西の國で、これも一句だけである。

「眩」もまた照録するだけである。『史記』は「善眩人」「眩者之工」に作り、『漢書』のあの段には觸れない。二頁とも「眩」がどんな眩かたかを言わない——刀もなく、火もなく、吐くものもない。だから本篇は動作を一切補わない。二つの語と、「獻于漢」という事だけを殘す。

五、二頁の外

層を書き切る。本紀の二行(季節・動作・場所・観客の範圍)、西域傳の一段(平樂觀の外賓送別+別處の曲目表)、大宛列傳の一段(巡狩に隨う展示+眩人+歲增變)。三處はそれぞれ別であり、一篇の「漢代百戲」に合成しない。「中外文化交流」「百戲起源」の類の通論も書かない——本稿はこの數段の文字が何を言ったかだけを書く。

二頁が与えないものを列記する。演技の具體的な動作、俳優の人數、上演の長さ、場と見臺の様子、費用と入場料、藝人の名——いずれもない。名目は照録し(角抵/觳抵、《巴俞》、都盧、《碭極》、漫衍魚龍、黎軒善眩人)、一つも加えない。殘るのはこの數行である。三百里内の者が皆觀に來たこと。平樂觀で匈奴使者と外國君長と大角抵したこと。五つの名目の曲目表。黎軒から來た善眩人。一人の「善眩人」と一句の「國善眩」、そして「歲增變」の三字。

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参考資料・関連文献

  1. 《汉书》卷六〈武帝纪〉(维基文库本,未与点校本复核) — Two bare entries, both under the Yuanfeng era. 'In the third year, in spring, the juedi show was made, and everyone within three hundred li came to watch' (三年春,作角抵戲,三百里內皆來觀); and 'in summer, the people of the capital watched the juedi at the Pingleguan in Shanglin' (京師民觀角抵于上林平樂館). The page marks the era once with a template and then counts the years; its bracketed Western dates are the transcribers' additions and are not quoted. Neither entry says what was performed, by how many, or for how long.
  2. 《汉书》卷九十六下〈西域传下〉(维基文库本,未与点校本复核) — The show for guests, and a programme list. 'The Son of Heaven went in person to the Pingleguan, met the Xiongnu envoys and the foreign chiefs in a great juedi, set out music, and sent them off' (天子自臨平樂觀,會匈奴使者、外國君長大角抵,設樂而遣之) — a few lines above, the Wusun have sent 'more than three hundred men' to fetch a bride. Another passage gives the list: 'he set out a pool of wine and a forest of meat to feast the guests of the four Yi, and had performed the Ba-Yu and Dulu, the Haizhong Dangji, the many-figured fish-dragon, and the juedi show, to display them' (設酒池肉林以饗四夷之客,作《巴俞》都盧、海中《碭極》、漫衍魚龍、角抵之戲以觀視之). The page uses 角抵 where the Shiji writes 觳抵.
  3. 司马迁《史记》卷一百二十三〈大宛列传〉(维基文库本,未与点校本复核) — The touring display and the conjurors. 'The emperor was often touring the sea and took all the foreign guests with him… scattering goods and silks as rewards… to display Han's wealth. Then there was a great juedi, with strange shows and various monsters, and many gathered to watch… and the foreign guests were made to see the stores of every warehouse and treasury, to see Han's greatness and be shaken by it' (於是大觳抵,出奇戲諸怪物……傾駭之); then 'as the conjurors' skill was added, the juedi and strange shows increased and changed every year, and from this they became very flourishing' (及加其眩者之工,而觳抵奇戲歲增變,甚盛益興,自此始). The conjurors arrive as a present from Anxi — 'great bird eggs and skilled conjurors of Lixuan, presented to Han' (以大鳥卵及黎軒善眩人獻于漢) — and the page never says what a 眩 was.