阮籍が官を求めた話は、二頁にそれぞれ書かれ、量が一致しない。『晋書』巻四十九の本伝はこう書く——歩兵厨の営人がよく醸し、酒三百斛が蓄えてあると聞いて、歩兵校尉の職を求めた、と。『世説新語·任誕』は一句だけ——歩兵校尉に欠員が出た、厨には貯酒數百斛があった、阮籍はそこでこの官を求めた、と。劉孝標の注はさらに『文士傳』を引き、「三百石」に作る。一つの欠員、一つの蓄え、三つの書き方。本稿は並べ、どれか一つに決めない。
一、歩兵校尉の欠員
本伝が最も詳しい——「籍聞步兵廚營人善釀,有貯酒三百斛,乃求為步兵校尉。遺落世事,雖去佐職,恆遊府內,朝宴必與焉」。厨がよく醸し三百斛があると聞いて、その職を求めた。得てからは「遺落世事」——世の事を捨て、もとの属職を離れても常に府の中にあり、朝宴には必ず列した、と。求めた理由と着任後のあり方は、伝ではこの一層だけに書かれている。
『世説』の版——「步兵校尉缺,廚中有貯酒數百斛,阮籍乃求為步兵校尉」。注が引く『文士傳』——「後聞步兵廚中有酒三百石,忻然求為校尉。於是入府舍,與劉伶酣飲」。「數百斛」「三百斛」「三百石」の三説が並ぶ。斛と石は二つの量名であり、本稿はそのまま写し、互いに換算せず、今の単位にも直さず、同じ数量に合わせもしない。
二、酔は手段である
本伝はまず背景を与える——「籍本有濟世志,屬魏晉之際,天下多故,名士少有全者,籍由是不與世事,遂酣飲為常」。世を済おうとする志があったが、魏晋の交、天下に変が多い時、名士で全うした者は少なく、それゆえ世事に関わらず、酣飲を常とした、と。次に二つの事。文帝が武帝のために阮家に求婚しようとすると、「籍醉六十日,不得言而止」——六十日酔って、話を持ち出せなかった。鍾会が時事を問うて罪に陥れようとすると、「皆以酣醉獲免」——すべて酣酔によって免れた、と。酔はこの伝では手段であり、嗜好ではない。その判断は伝自身の言葉であって、本稿が加えたものではない。
『世説』には別の評語がある——「王孝伯問王大:『阮籍何如司馬相如?』王大曰:『阮籍胸中壘塊,故須酒澆之』」。王孝伯が王大に阮籍は司馬相如に比べてどうかと問い、王大は阮籍の胸には塊があり、ゆえに酒を注がねばならない、と言った、と。これは王大(王忱)の言葉であって史家の評語ではない。本稿はそのまま写し、話者を明示する。
三、喪礼の上の酒と肉
『世説』には本伝にない場面がある——「阮籍遭母喪,在晉文王坐,進酒肉。司隸何曾亦在坐,曰:『明公方以孝治天下,而阮籍以重喪,顯於公坐,飲酒食肉,宜流之海外,以正風教。』文王曰:『嗣宗毀頓如此,君不能共憂之,何謂?且有疾而飲酒食肉,固喪禮也!』籍飲啖不輟,神色自若」。母の喪に遭って晋文王の席で酒肉を進めた。司隷何曾が、明公は孝をもって天下を治めているのに、阮籍は重喪の身で公然と酒を飲み肉を食う、海外に流して風教を正すべきだと言った。文王は、嗣宗はこれほど憔悴している、君はともに憂えないのか、病ある者が酒を飲み肉を食うのはもともと喪礼である、と答えた。阮籍は飲み食いをやめず、神色自若であった、と。三人がそれぞれ一句を言い、本稿は誰にも評を加えない。
本伝は母の喪の経過をより細かく書く。人と囲碁をしている最中に母が死に、「對者求止,籍留與決賭」——相手がやめようと言ったのを、彼は引き留めて勝負を決めた。終わって「飲酒二斗,舉聲一號,吐血數升」——二斗の酒を飲み、一声あげて数升の血を吐いた。葬るに及んで「食一蒸肫,飲二斗酒,然後臨訣,直言窮矣,舉聲一號,因又吐血數升,毀瘠骨立,殆致滅性」——蒸した仔豚を食べ、二斗の酒を飲み、それから別れを告げて「窮矣」とだけ言い、一声あげてまた数升の血を吐き、痩せ衰えて骨ばかりになり、ほとんど命を損なうほどだった、と。二斗、数升、一蒸肫、すべて原文のまま写し、今の単位に直さない。
『世説』はこう作る——「阮籍當葬母,蒸一肥豚,飲酒二斗,然後臨訣,直言『窮矣』!都得一號,因吐血,廢頓良久」。母を葬るに当たって肥えた仔豚を蒸し、二斗の酒を飲み、別れに「窮矣」とだけ言い、一声あげて血を吐き、久しく廃頓した、と。注が引く鄧粲『晉紀』は「飲酒三斗,舉聲一號,嘔血數升」に作る。「豚」と「肫」で字が違い、「二斗」と「三斗」で数が違い、「吐血」と「嘔血」で字が違う。三つとも写し、合わせない。
四、白眼と「礼」
本伝の弔問の場面——「裴楷往弔之,籍散髮箕踞,醉而直視,楷弔唁畢便去」。裴楷が弔いに来ると、阮籍は髪を散らし箕踞し、酔って直視したまま、裴楷は弔唁を終えて帰った、と。なぜ主が泣かぬのに泣くのかと問われ、裴楷は「阮籍既方外之士,故不崇禮典。我俗中之士,故以軌儀自居」——阮籍は方外の士だから礼典を崇めず、私は俗中の士だから軌儀に自ら居る、と答え、「時人歎為兩得」——時人は両方とも得ていると嘆じた、と。二人の言葉をそのまま写す。同じ段に青白眼がある——「籍又能為青白眼,見禮俗之士,以白眼對之。及嵇喜來弔,籍作白眼,喜不懌而退。喜弟康聞之,乃齎酒挾琴造焉,籍大悅,乃見青眼。由是禮法之士疾之若仇,而帝每保護之」。礼俗の士には白眼で対し、酒を携え琴を抱えて来た嵇康には青眼を見せた。末句は伝の叙述であり、そのまま写す。
「礼」の一句は二頁で違う。本伝——「籍嫂嘗歸寧,籍相見與別。或譏之,籍曰:『禮豈為我設邪!』」『世説』——「阮籍嫂嘗還家,籍見與別。或譏之。籍曰:『禮豈為我輩設也?』」。「為我設」と「為我輩設」の一字の違いで、並べる。隣家の婦が壚で酒を売っていた話は、本伝が「籍嘗詣飲,醉,便臥其側。籍既不自嫌,其夫察之,亦不疑也」、『世説』が「阮與王安豐常從婦飲酒,阮醉,便眠其婦側。夫始殊疑之,伺察,終無他意」——『世説』は「王安豐」が多く、「夫」の反応がより細かい。
五、二頁の重さ
二頁の性質は異なる。『晋書』は唐初に修された史伝で、一生を一本の線に綴り、「由是不與世事」のような断語を与える。『世説』は南朝宋の人が編んだ逸事で、一条一句、対話が多く、劉孝標の注はさらに『文士傳』『鄧粲晉紀』『魏氏春秋』などの異説を引く。本稿は「伝文」「逸事」「注引」の三層を分けて書く。同じ事について、史伝は総叙を、世説は場面を、注は異文を与える。
二頁が与えないもの。歩兵厨の編制と酒の出どころ、斛と石の換算、酒の度、校尉の俸禄、卒年の月日(本伝は「景元四年冬卒,時年五十四」とだけ)。本稿は「魏晋の風度」「放達」といった通論を書かず、阮籍を寓話にも仕立てない。二頁が与えるのは、年があり、対話があり、異文もある一連の事である。
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参考資料・関連文献
- 《晋书》卷四十九·阮籍传(唐房玄龄等撰;维基文库本,页面白文无注,未与中华书局点校本复核) — The biography: Ruan Ji of Chenliu, who shut himself up with books for months, roamed the hills for days, loved the Zhuangzi and Laozi, drank and whistled and played the qin; he declined the summons of Jiang Ji, served briefly and left, resigned from Cao Shuang's staff and was proved far-sighted when Shuang was killed. Then 籍本有濟世志,屬魏、晉之際,天下多故,名士少有全者,籍由是不與世事,遂酣飲為常 — he had meant to do something in the world, but in those years few famous men survived, so he kept out of affairs and drank; when Emperor Wen tried to marry his son to Ruan Ji's daughter, Ji was drunk for sixty days and the matter could not be raised; Zhong Hui questioned him on current affairs to trap him, and he escaped each time through drink. 籍聞步兵廚營人善釀,有貯酒三百斛,乃求為步兵校尉 — hearing the cooks of the infantry office brewed well and had three hundred hu of wine in store, he asked for the post of colonel of infantry. The life then gives the nine tin-proclamation written at a drunken desk, the death of his mother with two dou of wine and blood spat, Pei Kai's visit, the blue and white eyes, his sister-in-law and the wine-shop woman, the lonely drives and the cry at Guangwu, and his death in the winter of Jingyuan 4 at fifty-four.
- 《世说新语·任诞》(南朝宋刘义庆撰,刘孝标注;维基文库本,页面白文夹注,未与中华书局点校本复核) — Anecdotes with Liu Xiaobiao's notes: 步兵校尉缺,廚中有貯酒數百斛,阮籍乃求為步兵校尉 — when the post of colonel of infantry fell vacant and the kitchen held several hundred hu of wine, Ruan Ji asked for it; the note quotes the Wen Shi Zhuan: 後聞步兵廚中有酒三百石,忻然求為校尉 — three hundred shi of wine, and he asked gladly. The same chapter has the scene in which, mourning his mother, he eats and drinks at Sima Zhao's table while He Zeng demands he be exiled; 阮籍當葬母,蒸一肥豚,飲酒二斗,然後臨訣,直言「窮矣」,with the note's Deng Can version giving three dou of wine; his sister-in-law's farewell and 禮豈為我輩設也; the wine-shop woman and 阮與王安豐常從婦飲酒; Pei Kai's visit; and 阮籍胸中壘塊,故須酒澆之.




