葬りの前日の夕暮れ、家族がまだ棺前で哭いていると、有司が来て「啟期」を請う——棺を置いた室を開ける日を尋ねるのである。翌日はまだ暗いうちに起きる。祖廟の門の外に手を洗う盥盆を据え、鼎は殯のときのように陳べ、二本の燭が、棺を納めた殯の門の外で待つ。棺を載せる低い台である夷床を階の間にしつらえる(夷床饌于階間)。

一、啟

男子は髽(くくり髪)にして帯を垂らし、婦人は哭声を止める。主人は賓に拝し、門を入り、袒(肌脱ぎ)する。商祝は免袒し、功布を執り、西階から上り、階の果てで堂には上らない。「聲三,啟三,命哭」——三たび声を発し、三たび「啟」と言い、哭くことを命じる。燭が入る。祝は銘(名旗)を取り下ろして重(木の依代)の上に置く。商祝は功布で柩を払い、さらに夷衾で覆う。

鄭注がこの六字を説き明かす。「聲三,三有聲,存神也。啟三,三言啟,告神也」——三たび声を発するのは神を留めるため、三たび「啟」と言うのは神に告げるためである。前日の夕暮れに請うた一句についても、鄭注が理由を述べる。「將葬,當遷柩于祖,有司於是乃請啟肂之期於主人以告賓」——葬りに近づけば柩を祖廟に遷すべきであり、有司はそこで主人に肂を開ける時を請うて賓に告げる、と。祖廟についても注する。「祖,王父也。下士祖禰共廟」——下士は祖父と父が一つの廟を共にする。啟は、すなわち柩を遷すために開けるのである。

遷すのは軸(ころ)を用いる。順序は「重先,奠從,燭從,柩從,燭從,主人從」——重が先、奠が従い、燭が従い、柩が従い、燭が従い、主人が従う。西階から上り、柩を二つの楹の間に正しく置く。夷床を用いる。車を東の檐の下に薦め、馬を薦めるときは一頭ごとに纓三就、門を入りて北面し、轡を交え、圉人が左右から牽き、御者が策を執って馬の後に立つ(纓三就,入門,北面,交轡,圉人夾牽之。御者執策立於馬後)。夜が明けきってから燭を消す。

二、器を陳ぶ

有司が祖期を請い、答は「日側」——日の傾くころ。そこで柩を載せ、柩を飾る。「一池,紐前䞓後緇,齊三采,無貝」——池一つ、紐は前が赤く後ろが黒く、頂は三色、貝は無し。披を設け、引を属ける。明器は乗車の西に陳べる。折は横たえて覆せ、抗木は横三・縦二、抗席は三領、茵は粗布、苞は二、筲は三つで黍・稷・麦を盛り、甕は三つで醯・醢・屑を盛り、甒は二つで醴と酒を盛る。用器は弓矢・耒耜・二つの敦・二つの杅・槃・匜、役器は甲・冑・干・笮、燕器は杖・笠・翣。この一揃いを「明器」と称する。死者に随える器であって、生者の使うものではない。記にはまた、茵の中に荼を詰め、綏沢を実れるとある(茵著,用荼,實綏澤焉)。

三、葬日の早朝

翌日の早朝、五鼎を門の外に陳べ、燎を消し、燭を執る者が車轅を挟んで立つ。そこで奠する(乃奠)。奠が終わると、主人の史が賵を読むことを請い、算を執って従う。公史が西方から遣を読み、まず哭くなと命じ、主人も主婦も哭かず、読み終わってから哭くことを命じ、燭を消し、出る。名簿は書き物である。賵は方板に書き、あるいは九行、あるいは七行、あるいは五行。遣は簡策に書く(書賵于方,若九,若七,若五。書遣于策)。前の晩にはすでに代わり哭く者がいて、門内の右に燎火が焚かれていた(乃代哭,如初。宵,為燎于門內之右)。

四、発引と下棺

商祝は功布を執って柩を導き、披を執る。主人は袒し、乃ち行く。宮を出て、踊し、襲る。邦門に至ると、国君は宰夫を遣わして玄纁一束を贈る。主人は杖を置き、哭かず、左から命を聴き、賓は右から致命する。

壙に至り、器を道の東西に陳べる。茵が先に入り、引を属ける。主人は袒し、衆主人は西面し、婦人は東面し、みな哭かない——「乃窆」。鄭注はただ四字、「窆,下棺也」——窆とは棺を下ろすことである。主人はこの一瞬に至ってはじめて哭き、踊ること数えず。贈は制幣玄纁の束を用い、拝して稽顙し、踊ること初めの如し。

器を棺の傍らに蔵め、見を加える——「見」は棺の飾りで、鄭注に「加此則棺柩不復見矣」——これを加えれば棺柩は再び見えなくなる。苞と筲を傍らに蔵め、折を加えて却せ、抗席を加えて覆い、抗木を加え、土を三たび実れる。主人は郷人に拝す。鄭注に「謝其勤勞」——道で綍を執り、壙で下棺を助け、覆土を助けた労を謝するのである。

五、反哭

乃ち反哭する。祖廟に入り、西階から上り、東面する。衆主人は堂下に東面し、北を上とする。婦人が入り、丈夫が踊し、阼階から上る。主婦は室に入って踊し、出て位に就き、丈夫と拾踊三たびする。賓の弔者が西階から上り、「如之何!」と一句言う。主人は拝して稽顙する。賓を送り出した後、そのまま殯宮に赴き、みな啟のときの位の如くし、拾踊三たびする。兄弟が出れば、主人は拝して送る。衆主人が門を出ると哭き止み、門を阖ざす。主人は衆主人に揖し、乃ち次に就く——喪次、喪に居る棚小屋である。

鄭注は「反哭」をこう断じる。「反哭者,於其祖廟,不於阼階西面。西方,神位」——反哭とはその祖廟においてするもので、阼階の西面ではしない。西方は神の位である、と。疏はさらに直に言う。反哭とは「反還家哭,於廟入升西階東面哭」——家に帰って哭き、廟に入って西階から上り、東面して哭くことである。家に帰って悲しむことでもなく、阼階で哭くことでもない。哭き終わっても、さらに殯宮に行って哭く。記には他に二句ある。「卒窆而歸,不驅」「唯君命,止柩于堩」——窆り終えて帰るときは馬を駆らない、君命があるときだけは道で柩を止める。披を執る者は、片側四人(執披者,旁四人)、贈幣は「無常」——きまった数はない。この篇は虞祭を書かない(それは別の篇である)。両頁とも壙の寸法・柩車の寸法・この日の所要時間は与えず、縄をどれだけ使い土をどれだけ入れたかも記さない。残るのは、この日のこれらの動作だけである。開く、遷す、発引する、下棺する、反哭する。

関連記事:五十にして家に杖——礼書と詔書のなかの養老 · 祭祖の現場——鼓、管、磬と万舞 · 圭と束帛と乗馬——聘礼のなかの一度の使節

参考資料・関連文献

  1. 《仪礼·既夕礼》第十三(战国至汉初成书;维基文库本,未与点校本复核) — The burial, day by day: the evening question about opening the chamber, the opening at dawn with three sounds and three words, the move to the ancestral temple, the trappings and the grave goods, the last morning with the lists read aloud, the carrying out, the lowering of the coffin at the pit, the storage of the goods, earth thrown in three times, and the return to weep at the temple. The chapter stops before the 虞 sacrifice. It gives no dimensions for the pit or the cart.
  2. 《仪礼注疏》卷三十八·既夕礼(汉郑玄注、唐贾公彦疏;维基文库本,未与点校本复核) — Zheng Xuan on the opening: the date is asked so that guests may be told, because the coffin is to be moved to the ancestral temple; the three sounds keep the spirit present and the three words announce the opening to it. The sub-commentary explains the setting and order of the move.
  3. 《仪礼注疏》卷四十·既夕礼(汉郑玄注、唐贾公彦疏;维基文库本,未与点校本复核) — Zheng Xuan on the two words that end the descent and start the return: '窆 is lowering the coffin'; and the return to weep is at the ancestral temple, facing east at the west stairs, because the west is the place of the spirits. The sub-commentary adds that the mourners come home and weep in the temple before going on to the 殯 palace.