『尚書』禹貢の荊州の条、貢物の最後の一品は亀である。羽・毛・歯・革、三種の金属、数種の木材、砥石・鑿・丹、数種の竹——そのあとに一行、「九江納(入)錫(賜)大龜」とある。戦国時代に成立した文献の貢物リスト、九州のリストの末尾の一行、そして末尾の品が亀甲一副。もう一つの頁、『史記』亀策列伝は、その甲をどう使い、どう蔵したかを書き、使い終われば捨てた、とも書く。二つの頁はいずれも後代のテキストであり、商代の記録ではない。

一つの貢物——九江の大亀

この章は九州を順に書き、まず山川、そのあとに貢物を置く。荊州の条はこうである。「厥貢羽、毛、齒、革,惟金三品,杶、榦、栝、柏,礪、砥、砮、丹,惟箘、簵、楛,三邦厎貢厥名。包匭菁茅;厥篚玄、纁、璣組;九江納(入)錫(賜)大龜」——貢物は羽・毛・歯・革、三種の金属、杶・榦・栝・柏の木、礪・砥・砮・丹、数種の竹、そのうち三邦が名を挙げて貢ぐもの。包んで箱に納めるのは香る菁茅、籠に入れるのは玄と纁の絹と璣の組、九江は大亀を納める、と。これはリストであって、どこから何が出て何を送るかしか答えない。占いの作法は書かず、甲の大きさも書かない。竹木でさえ名目で分ける——「三邦厎貢厥名」。同巻の揚州の条の「厥篚織貝」も、同じ種類の項目である。

その一行には、一言しておくべきことがある。頁は「納(入)錫(賜)」と刷る。括弧に入った字は録文が加えた異読で、納は入とも読み、錫は賜とも読む。大亀を送り納める読みと、大亀を賜う読みの二つが並ぶ。両読はそのままに置き、本稿は頁のまま写して、どちらが原文かは決めない。貢物リストの用字がすでにこれほど定まらないのだから、それを商代の制度の直接の記録として扱うには、なおさらの慎重がいる。

もう一つの頁——どう取り、どう蔵したか

『史記』亀策列伝の冒頭は総論である。「王者決定諸疑,參以卜筮,斷以蓍龜,不易之道也」——王が疑わしいことを決めるときは卜と筮を参じ、蓍と亀で断つ、これが変わらぬ道だ、と。これは漢人の筆になる制度の表述であって、商代の文書ではない。同じ冒頭に、記せる上限も認めている。「唐虞以上,不可記已」——唐堯・虞舜より前は記すことができない、と。さらに三代にはそれぞれ禎祥があったという——「自三代之興,各據禎祥」。

本稿が軸に置くのはこの一句である。「略聞夏殷欲卜者,乃取蓍龜,已則棄去之,以為龜藏則不靈……至周室之卜官,常寶藏蓍龜」——聞くところによれば、夏と殷は卜をしようとするとき蓍と亀を取り出し、すめば捨ててしまった。亀は蔵すれば霊を失い、蓍は長く置けば神を失うと考えたからである。周室の卜官に至って、はじめて蓍と亀を宝として蔵した、と。冒頭の「略聞」に注意したい。聞いたところによれば、と作者自身が断っている。これは伝聞であって、記録ではない。

亀を灼いて兆を見る

用いる段になると、制度を述べた一句で足りる。「夫摓策定數,灼龜觀兆,變化無窮,是以擇賢而用占焉」——蓍策を並べて数を定め、亀を灼いて兆を見る。変化は窮まらない、だから賢者を選んで占わせる、と。話はここまでである。同じ巻の後ろには八名の亀、卜祝の辞、霊験の物語が続くが、本稿はどれも取らない。あれは術と物語であって、制度ではない。しかも賢者を選んで占わせるのであって、甲を手にした者なら誰でも占えるわけではない。灼亀の具体的な手順も、祝辞の唱え方も、本稿では述べない。

この巻は誰が書いたか

この巻の来歴は別に述べねばならない。篇中に太史公自序の言葉を引く。「三王不同龜……故作龜策列傳」——三王は亀を異にし、四夷は卜を異にするが、それぞれに吉凶を決めた。その要領をざっと見たので、龜策列傳を作った、と。そのすぐあとに褚先生の言葉が来る。彼は長安でこの列伝を見つけられず、「故之大卜官,問掌故文學長老習事者,寫取龜策卜事,編于下方」——そこで大卜官のもとへ行き、掌故や文学の長老で事に習熟した者に問い、龜策卜事を写し取って下方に編んだ、と。つまり今本のこの巻には漢人の補写した部分があり、亀を取る話、名亀、卜祝といった内容はその訪求から来ている。だから本稿は一句引くごとに、それは『史記』の言葉だと断り、商代の材料としては扱わない。今本のこの巻は二人の手になる。前半は太史公の議論、その後ろの大きな塊は大卜官のところで写し取られた卜事である。

二つの頁の年代層は並べておける。『禹貢』は戦国時代に成立した貢物リスト(これが通説である)、『史記』亀策列伝は漢人の議論に漢人の補写が加わったもの。どちらも商代の実録にはならない——これは本稿の前提であって、免責事項ではない。材料が後代のものである以上、書けるのは後代のテキストの中の亀であって、商代の亀ではない。一方の一句の九江も、もう一方の一句の夏殷も、書き手が振り返って語る言い方である。

隣の稿との分線、そして欠けているもの

サイトにはすでに、甲骨に刻まれた日々の問いと祖先祭祀を扱った二篇がある。あの二篇が扱うのは卜辞の内容と祭祀である。本稿が問うのは三つだけ——亀はどこから来たか(貢物)、どう蔵したか(蔵亀)、どう用いたか(灼亀観兆)。卜辞そのもの、商王が何を問うたか、それが当たったかどうかは、本稿では一行も書かない。卜辞を一条も引かず、祭儀を一条も挙げない。

二つの頁が与えないもの——甲骨卜辞の実物(本材料の外にあり、ここにはない、と明記されている)、商代の亀甲の実際の出所と規格、貢納の制度が実際にどう回っていたか、九江の一帯が商代に本当に亀を貢いだのか、そして「龜藏則不靈」という言い方がいつ始まったか。欠けはここに並べるだけで、埋めない。貢物にある大亀と、卜官の手にあった甲が同じ亀かどうか、二つの頁はどちらも言わない。貢物リストの末尾の一行と、聞き書きの一句。数百年を隔てた二人の書き手による、亀についての二つの言い方である。そのあいだの空白を、二つの頁はどちらも埋められない。

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参考資料・関連文献

  1. 《尚书·禹贡》(维基文库本,未与点校本复核) — The tribute lists of the nine provinces, a Warring States text. Jingzhou's list runs: feathers, hair, teeth, hides; the three metals; several timbers; whetstones, drills and cinnabar; bamboo; then 'the Nine Rivers send in a great turtle' (九江納〔入〕錫〔賜〕大龜). The same chapter lists Yangzhou's goods, including 'a basket of woven shell' (厥篚織貝). The page prints variant readings in brackets — 納 read as 入, 錫 read as 賜 — and these are kept as the page gives them. These are lists of what came from where; they say nothing about how a shell was used or what size it had to be.
  2. 司马迁《史记》卷一百二十八〈龟策列传〉(维基文库本,未与点校本复核) — A Han text about divination. The Grand Historian opens: 'when a king decides doubtful matters he consults the milfoil and the shell, and cuts the knot with them — this is the unchanging way' (王者決定諸疑,參以卜筮,斷以蓍龜,不易之道也). Then the sentence this article centres on: 'I have heard in outline that when the Xia and Yin wished to divine they took up the milfoil and the shell, and when done threw them away, holding that a shell kept in storage loses its numen and milfoil kept long loses its spirit; it was the diviners of the Zhou house who kept them as treasures' (略聞夏殷欲卜者,乃取蓍龜,已則棄去之,以為龜藏則不靈……至周室之卜官,常寶藏蓍龜). On the act itself: 'to arrange the stalks and fix the numbers, to burn the shell and observe the cracks' (夫摓策定數,灼龜觀兆). The chapter also says how it was assembled: the Grand Historian's own note, quoted inside it, reads 'the three kings had different shells and the four directions different divinations… so I made the Traditions of Shells and Stalks'; and Chu Shaosun adds that he could not obtain that text in Chang'an, went to the grand diviner's office, questioned the old clerks, and 'wrote down the shell-and-stalk divination matters and arranged them below' (寫取龜策卜事,編于下方).