三つの句、三つの王朝、それぞれ一句の判語。夏は「尊命」――「事鬼敬神而遠之」、鬼を事とし神を敬してこれを遠ざけ、人に親しんだ。殷は「尊神」――「率民以事神,先鬼而後禮」、民を率いて神に事え、鬼を礼より先にした。人から尊ばれはするが親しまれない。周は「尊禮尚施」、こちらも「事鬼敬神而遠之」。この文章の句式は「子曰」であり、三代それぞれの気風を語っている。まず、これがどういう種類の言葉かを見ておかねばならない。商人の自述ではなく、後人が三代それぞれに与えた一句の性格判語である。
三句のうち最も長いのは殷人の句だ。「殷人尊神,率民以事神,先鬼而後禮,先罰而後賞,尊而不親;其民之敝,蕩而不静,勝而無恥」――神を尊び、民を率いて神に事え、鬼を礼の前に置き、罰を賞の前に置き、尊重されるが親しまれない。民の弊は放蕩で落ち着かず、勝つことに馳せて恥を知らぬこと。夏も周も「事鬼敬神而遠之」、殷だけが「率民以事神」――違いは敬うかどうかではなく、遠ざけるか近づけるかにある。それぞれに「其民之敝」の一句が付く。夏は「惷而愚,喬而野,朴而不文」、周は「利而巧,文而不慙,賊而蔽」。
一、三句の判語の座標
この三句を読むには、その前にある一連の対句を見る。「母親而不尊,父尊而不親」――母は親しまれるが尊ばれず、父は尊ばれるが親しまれない。そこから並んでいく。「水之於民也,親而不尊,火尊而不親。土之於民也,親而不尊,天尊而不親。命之於民也,親而不尊,鬼尊而不親。」水と土、母は親して尊ばず、火・天・父・鬼は尊んで親しまない。鬼の項に与えられているのが、まさに「尊而不親」である。だから殷人の句の「尊而不親」は行き当たりばったりではない。殷人を鬼の欄に置いているのだ。夏と周は「親而不尊」で、命・土・水と同じ欄に立つ。これは『表記』自身の座標であって、統計から出た結論ではない。
同じ篇の後ろにも、三代を並べ直す句がある。「虞夏之道,寡怨於民。殷周之道,不勝其敝。」「虞夏之質,殷周之文,至矣!虞夏之文,不勝其質;殷周之質,不勝其文。」これらの句は互いに完全には一致しない。一方は殷と周を一まとめにし、他方は殷と夏を一まとめにする。いずれも評語であり、評語どうしもずれる。この文章は書かれたままを写し、勝手に統一しない。
二、目に見える二つのもの
『表記』が与えるのは判語、『檀弓』が与えるのは做法である。第一は棺。「有虞氏瓦棺,夏后氏堲周,殷人棺椁,周人牆置翣。」――有虞氏は瓦棺、夏后氏は堲周、殷人は棺椁、周人は棺の外に牆を作り翣を置く。ここに並ぶのは四代であって三代ではない。四つの品にはそれぞれ名があり、ページは形制を説かず、この文章も補わない。すぐ後に、夭殇の葬に借用する句が続く。「周人以殷人之棺椁葬長殤,以夏后氏之堲周葬中殤、下殤,以有虞氏之瓦棺葬無服之殤。」――四代の器を、周人は殇の等級に応じて使い分けた。
第二は埋葬を待つ間の停棺の位置。「夏后氏殯於東階之上,則猶在阼也。殷人殯於兩楹之間,則與賓主夾之也。周人殯於西階之上,則猶賓之也。」――夏は東階の上、それはなお主人の階にいるようなもの。殷は両楹の間、それは賓主に挟まれること。周は西階の上、それは客として扱うこと。三句はいずれも説明を伴う。「猶在阼、與賓主夾之、猶賓之」。位置は原文のまま、この文章は堂の間取りを補わず、平面図も描かない。
三、孔子自身の位置
『檀弓』は孔子の最期の前の一段を記す。早朝に起き、手を後に組み、杖を引きずって門のあたりをそぞろ歩き、歌った。「泰山其穨乎!梁木其壞乎!哲人其萎乎!」――泰山は崩れるのか、梁木は壊れるのか、哲人は萎むのか。歌い終えて入り、戸に向かって座す。子貢が聞いて駆け込む。孔子は言う。「賜!爾來何遲也?」――賜よ、お前はなんと遅い。そしてあの三条をまた数え上げ――夏は東階、殷は両楹の間、周は西階――こう言った。「而丘也,殷人也。予疇昔之夜,夢坐奠於兩楹之間。夫明王不興,而天下其孰能宗予?予殆將死也!」――わし丘は殷人である。先夜、両楹の間に坐して奠する夢を見た。明王興らず、天下に誰がわしを宗としようか。わしはおそらく死ぬ。その後「蓋寢疾七日而没」――寝疾して七日で没した。
この段の関係は明快である。前の三条は礼書の説明であり、ここでは孔子自身がそれを数え直し、自分を「殷人」の欄に置く。その欄の停棺の位置こそ両楹の間であり、彼は「坐奠於兩楹之間」の夢を見た。『檀弓』はここまでしか記さない。夢を解かず、それが当たったとも言わない。「寢疾七日而没」は記事であって評語ではない。この文章はその寸法を守る。心理を分析せず、夢を予言とせず、ここの「殷人」が政治的な表明なのか祖先への帰属なのかも裁かない。
四、これらの判語が示せること
三層の材料がそれぞれの位置にある。第一層は『表記』の総評。三代それぞれに一句の性格を与え、さらに「民之敝」を添える。漢初の儒者による三代の概括で、句式は「子曰」、商代の档案ではない。第二層は『檀弓』の二つの做法。棺椁と殯位で、四代の対照として書かれ、いずれも一句の説明を伴う。第三層は孔子の段。ある当事者が自分を「殷人」の欄に入れ、同じ礼制を引いてみせる。三層は互いを証明できない。「殷人尊神」で「殷人棺椁」を説明することはできない。ページにその因果は書かれていないからだ。「殷人尊神」を商代の人々が皆鬼神を信じたという社会調査にもできない。それは一つの王朝に与えられた一句の判語にすぎない。
五、二つのページが与えたもの、与えなかったもの
- 『表記』は後人の評語である。漢初の儒者による三代の概括で、句式は「子曰」、商人の自述ではない。「殷人尊神」は一つの王朝に与えられた判語であって社会調査ではなく、「商代の人は皆鬼神を信じた」と言うことはできない。
- 二つの源は同じ『礼記』に属する(表記・檀弓上)。二つの独立文献ではなく、この文章は本文でもそう書き、二重の証拠として重ねない。
- 『檀弓』のその一段から用いるのは二句だけ。棺椁と殯位である。同じ段には色と喪の内容もあるが、それは色と喪を書く篇に属し、この文章は一字も引かない。
- 器物と位置は原文のまま。瓦棺、堲周、棺椁、牆置翣。東階之上、兩楹之間、西階之上、それぞれの一句の説明(「猶在阼、與賓主夾之、猶賓之」)も照録する。建築の間取りを補わず、堂の平面図も描かない。
- 孔子の段は記事として扱う。自ら殷人と称し、両楹の間に坐奠する夢を見、「予殆將死也」と言い、寝疾七日で没した――いずれも『檀弓』の記すところ。心理分析もせず、予言の解釈もせず、それが「当たった」とも言わない。
- 分線と通論。色と喪、帝の降福降禍、刑罰で何が分かるかは、それぞれ別の篇。三代の宗教や鬼神観の通論を書かず、三代の優劣も評さない。
二つのページが残すのは、三句の判語、二つの做法、一人の当事者の自称である。判語は後人が下したもの、做法は礼書が書いたもの、自称は『檀弓』が記したもの。三層を並べて見えるのは「後人が三代をどう振り分けたか」であって、「三代の人が心でどう思ったか」ではない。商代の人々が当時じっさい鬼神にどう向き合っていたかは、この二つのページは一言も語っていない。
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参考資料・関連文献
- 《礼记·表记》(维基文库本,白文无注,未与中华书局点校本复核) — The three verdicts, all under 子曰: 夏道尊命,事鬼敬神而遠之,近人而忠焉,先祿而後威,先賞而後罰,親而不尊;其民之敝,惷而愚,喬而野,朴而不文。殷人尊神,率民以事神,先鬼而後禮,先罰而後賞,尊而不親;其民之敝,蕩而不静,勝而無恥。周人尊禮尚施,事鬼敬神而遠之,近人而忠焉,其賞罰用爵列,親而不尊;其民之敝,利而巧,文而不慙,賊而蔽。Before them stands a series of pairs: 母親而不尊,父尊而不親。水之於民也,親而不尊,火尊而不親。土之於民也,親而不尊,天尊而不親。命之於民也,親而不尊,鬼尊而不親。After them: 夏道未瀆辭……殷人未瀆禮,而求備於民。周人彊民,未瀆神,而賞爵刑罰窮矣; 虞夏之道,寡怨於民。殷周之道,不勝其敝; 虞夏之質,殷周之文,至矣.
- 《礼记·檀弓上》(维基文库本,白文无注,未与中华书局点校本复核) — Two passages used, and only two. The coffins: 有虞氏瓦棺,夏后氏堲周,殷人棺椁,周人牆置翣。周人以殷人之棺椁葬長殤,以夏后氏之堲周葬中殤、下殤,以有虞氏之瓦棺葬無服之殤。The place of the coffin while awaiting burial: 夏后氏殯於東階之上,則猶在阼也。殷人殯於兩楹之間,則與賓主夾之也。周人殯於西階之上,則猶賓之也。Confucius: 孔子蚤作,負手曳杖,消摇於門,歌曰:「泰山其穨乎!梁木其壞乎!哲人其萎乎!」……夫子曰:「賜!爾來何遲也?夏后氏殯於東階之上,則猶在阼也。殷人殯於兩楹之間,則與賓主夾之也。周人殯於西階之上,則猶賓之也。而丘也,殷人也。予疇昔之夜,夢坐奠於兩楹之間。夫明王不興,而天下其孰能宗予?予殆將死也!」蓋寢疾七日而没。The same chapter contains a colour passage on black, white and red, which belongs to the article on colour and mourning and is not quoted here at all.




