場面は晋での宴である。婚姻が整い、晏子は礼を受けた。叔向が彼と酒を酌み交わし、斉はどうかと尋ねる。晏子は答える——「これ季世なり、吾は知らず。斉は其れ陳氏に為らん。公は其の民を棄て、民は陳氏に帰せり」。彼が挙げる理由は軍隊でも宮廷の陰謀でもない。一組の量器である。
四つの量:豆、区、釜、鍾
斉の旧い量は四つあり、一節はそれを順に並べる。「斉の旧四量、豆・区・釜・鍾。四升を豆と為し、各おの其の四を以て釜に登り、釜十にして鍾と為す」。連鎖は四、四、十——二つの異なる段差が一つの系列に並んでいる。豆から区、区から釜へは四倍、釜から鍾へは十倍。頁が与えるのは名と段差だけである。一豆がどれだけ入ったかは書かれず、本稿も補わない。
陳氏がしたことは一句である。「陳氏の三量は、皆な一に登せり、鍾乃ち大なり」。一般には、「一に登す」とは旧の単位から一段上げることだとされる。頁に注はなく、容量も与えず、鍾がどれだけ大きくなったかも言わない。本稿では換算も乗算もしない。この句の要点は算術ではなく位置にある。三つの器がそれぞれ大きくされ、その拡大が連鎖の最後の環に落ちる、ということだ。
家の量で貸し、公の量で収める
核心はこれである。「家量を以て貸し、公量を以て之を収む」。そうでないものを言っておく必要がある。これは減税ではない。徴収額はそのままで、量り出す器と受け取る器だけが違う。穀は陳氏自身の大きい斗で出て、国家の小さい斗で戻ってくる。だから同じ名目の額が、出るときは大きい贈り物になり、戻るときは小さい負債になる。頁はその操作を述べて止まる。比率は与えず、本稿も与えない。
『史記』は同じことを別の名で、操作を逆の語順で語る。「田釐子乞、斉の景公に事えて大夫と為る。民より賦税を収むるに、小斗を以て之を受け、粟を民に予うるに大斗を以てす。民に陰徳を行ない、景公禁ずる能わず。これに由りて田氏斉の衆心を得たり」。頁はここで粟と稟の訂正を印刷し、引用はそれを可視のまま保つ。
二つの記事を一つの文に走らせることはできない。一族は『左伝』では陳、『史記』では田であり、一般には同じ一族の二つの書き方とされる。操作は逆の端から述べられる——家の量で貸し公の量で収める、と、小斗で受け大斗で与える。場面も違う。二人が語る宴と、「私語」と。判定の文言も違う。「斉は陳氏のものになろう」と、「斉国の政は遂に田氏に帰せん」。どちらも成り立ち、どちらも優先されない。
大きい斗だけではない
量器はより長い一覧の一項目にすぎない。木材は「市にありても山の価に加えず」、魚・塩・蜃・蛤は「海の価に加えず」。民の力は三分に数えられる。「民、其の力を参にし、二は公に入り、衣食は其の一」。一方で「公の聚は朽ち蠹み、三老は凍餒す」。市場も自らを語る。「国の市に、屨は賤しく踊は貴し」。踊は一般に、足を斬られた者の義足とされる。一句で足り、刑罰史はここでは開かない。
その効果——そして晋の半分
結果はこの一節で最も引かれる句である。「民人痛疾し、或るもの燠休す。其の之を愛すること父母の如く、之に帰すること流水の如し」。この「其れ」は陳氏であり、句は晏子のものである——斉の人間が、晋の大臣の前で自分の国を語っている。ここでは史家の結論ではなく、彼の判断として引く。彼はさらに一句を加える——「箕伯・直柄・虞遂・伯戯、其の胡公・大姫に相ぐるは、已に斉に在り」——系譜は開かずに記す。
叔向は論じ返さず、晋も同じ季世にあると言う。六つの節——「戎馬は駕せず、卿は軍なく、公の乗は人なく、卒列は長なく、庶民は疲敝し、宮室は滋に侈し、道に殣相望み、女富は尤に溢る。民は公の命を聞くこと、寇讎を逃るるが如し」。続いて没落した一族の一覧——欒・郤・胥・原・狐・続・慶・伯——「皂隸に降る」。そして判定は「政は家門にあり、民は依る所なし」。
二つのテキスト、二つの層、そして空白
二つの頁は二種類のテキストである。『左伝』の一節は魯の昭公三年の会話で、話し手が二人いて応答がある。『史記』のほうは後代の圧縮で、主人公は田釐子乞と名づけられる。両者の違いは上に並べたとおりで、裁決はしない。どちらも与えないもの——器そのものと容量、貸付の利息・期限・受け手、斉の公室の収入、そしてその後どうなったか。頁は「斉は陳氏のものになろう」で止まり、本稿もそこを越えない。人心を得ることについての一般教訓もない。晏子の言葉は同時代人の判断であって、史家の判決ではない。宴に戻れば、戦争も诏もなく、ただ大きすぎる枡と、隣国の大臣にささやかれた一言があるだけである。
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参考資料・関連文献
- 《春秋左氏传·昭公》(昭公三年,维基文库本,未与点校本复核) — At a banquet in Jin, Shu Xiang asks Yanzi how Qi stands, and Yanzi answers that Qi will go to the Chen clan — the reason being measures, not armies: 'Qi's old four measures: dou, qu, fu, zhong. Four sheng make a dou; each fourfold, up to the fu; ten fu make a zhong. The three measures of the Chen clan were each raised one grade, so that their zhong was larger. They lend by the family measure and collect by the public one' (齊舊四量……陳氏三量,皆登一焉,鍾乃大矣。以家量貸,而以公量收之). The passage adds that timber is not raised above its hill price nor fish and salt above their sea price; that of the people's strength two parts go to the duke and one feeds them; that the duke's stores rot while the elders freeze; that in the markets 'shoes are cheap and false feet dear' (屨賤踊貴); and that 'they love him as parents and go to him like water' (其愛之如父母,而歸之如流水). Shu Xiang answers with Jin's own diagnosis — war-horses unyoked, ministers without troops, the roads full of dead, the people fleeing the duke's orders like an enemy, eight old clans reduced to servants, 'government in the great families' (政在家門).
- 《史记》卷四十六〈田敬仲完世家〉(维基文库本,未与点校本复核) — The Shiji's condensation, with the clan written Tian and the operation in the opposite word order: 'Tian Lizi Qi served Duke Jing of Qi as a great officer; when he collected taxes from the people he received them with a small dou, and when he gave out grain he did so with a large one, doing hidden kindness among the people, and Duke Jing did not forbid it. From this the Tian clan won the hearts of Qi, the clan grew stronger, and the people thought of Tian. Yanzi remonstrated several times and the duke did not listen. Later, sent to Jin, he whispered privately to Shu Xiang: the government of Qi will end with the Tian clan' (其收賦稅於民以小斗受之,其稟予民以大斗……齊國之政卒歸於田氏矣). The page prints a correction in its text here (粟 corrected to 稟), which is noted where quoted.




