まず算盤を置く。五口の家が百畝(畝は中国の土地面積の単位)を耕し、一畝に一石半(石は中国の穀物の量の単位)とすると、合わせて百五十石の粟。十分の一の税として十五石を引かれ、残り百三十五石。五人が食べるのに一人月に一石半、一年で九十石、残り四十五石。一石三十銭で売れば千三百五十銭、そこから集落の社の嘗新(新穀を神に供える行事)と春秋の祭祀に三百銭を引いて、残るのは千五十銭。着る物は一人三百銭、五人で一年千五百銭——四百五十銭足りない。病死や葬送、さらに賦斂はまだ数えていない。
一夫、五口を挟む
この一節は『漢書』食貨志に出る。戦国の李悝(りかい)が魏の文侯(ぎぶんこう)に上った「尽地力の教」である。家計簿のように書かれているが、家計簿ではない。五口、百畝、畝に一石半、税率十分の一、一人月に一石半、石三十銭、着る物一人三百銭——どの数字も丸い。県の名も、年もなく、この通りに帳簿をつけられた家も一軒もない。国が国のために算盤を弾いたもので、そこで出る結論は一つ、この収穫とこの値段では、農夫は一年働いても足りない、というものだった。
勘定の要はあの「石三十」にある。残った四十五石の粟を銭に換える換算率で、これがあるからこそ着る物と祭祀の費目を引ける。値段が変われば不足額も変わる。李悝は「当時の相場は三十だった」とは一言も言わない。三十を固定の数として使っただけである。だからこの三十はモデル内の基準値であって、相場ではない。「穀賤なれば農を傷つける」ということが算術の上で成り立つことを示すための数で、いつどこで誰がいくらで売ったかの記録ではない。
「甚だ貴きも甚だ賤しきも、その傷むこと一なり」
勘定の後ろに、やり方が続く。李悝は言う、買い入れが高すぎれば民を傷つけ、安すぎれば農を傷つける。民が傷つけば離散し、農が傷つけば国が貧しくなる。だから「甚だ貴きも甚だ賤しきも、その傷むこと一なり」——高すぎても安すぎても損なわれ方は同じだ、と。手段は「平糴(へいてき、価格を平らげる買い入れ)」である。年柄を上熟・中熟・下熟に見る。上熟は「其の収むること四倍、余り四百石」、中熟は「三倍、余り三百石」、下熟は「倍、余り百石」。大熟には四分の三を買って一分を民に残し、中熟には三分の二、下熟には二分の一を買い、「民をして適足ならしめ、賈平らかなれば則ち止む」——百姓にちょうど足りるようにし、値が収まれば手を止める。小飢・中飢・大飢には、先に買い上げた穀物を等級に従って払い出す。
「尽地力」の半分も同じ一節にある。田を治むるに勤勉なら一畝ごとに三升(升は小さな量の単位)増え、怠れば三升減る。百里四方のうちで、勤勉と怠慢の差は「粟百八十万石」。多く収めさせ、値が崩れないようにする——同じ政策の両端である。どちらの端もモデルの外へは出ない。三升も百八十万石も推算で、実測ではない。
計然の八十と三十
別の書には別の数字がある。『史記』貨殖列伝は、越王句践(こうせん)が会稽(かいけい)の上に困したとき范蠡(はんれい)と計然(けいねん)を用いた、と伝える。計然は物価の道理を一通り述べた。「六歳穰、六歳旱、十二歳にして一大飢」——六年豊作、六年干ばつ、十二年ごとに大飢饉。「夫れ糶、二十なれば農を病み、九十なれば末を病む」——売る側で、一石二十銭なら農が、九十銭なら商人が傷つく。だから「上は八十を過ぎず、下は三十を減ぜず、則ち農末俱に利す」——上限は八十を超えず、下限は三十を割らない、それで農も商も成り立つ。「平糶齊物、関市乏しからず」——これを計然は国の治め方だと言った。
ここで数字の性質を見ておきたい。二十と九十は「病む」境目、八十と三十は「利する」幅の端で、どちらも値札ではない。計然が言っているのは、国がどの幅のなかで買い売りするかであって、市場で一石がいくらだったかではない。さらに厳しい二句が続く。「貴きこと上極まれば則ち反って賤しく、賤しきこと下極まれば則ち反って貴し」——高値が天井に達すれば反転して安くなり、安値が底に達すれば反転して高くなる。「貴きときは出すこと糞土のごとく、賤しきときは取ること珠玉のごとく」——高いときは糞土を捨てるように売り、安いときは珠玉を拾うように買う。投機の作法であり、同時に平準の作法でもある。
二つの帳簿は、一つの価格系列にならない
二つの段はよく並べて引かれ、まるで戦国の穀物価格の一本の線ができたかのように扱われる。そうではない。『漢書』は後漢の書で、李悝は戦国初期の魏文侯の臣。『史記』は前漢の書で、計然は春秋末の越王句践の謀臣。二つの時代、二つの国、数百年へだたった二つの書が、それぞれの説を載せているだけで、どちらも他方の統計ではない。二つの仕組みも一つの系統ではない。李悝の「平糴」が与えるのは買い入れる割合、計然の「平糶」が与えるのは値段の上限と下限である。
数字の出どころも違う。李悝の「石三十」は帳簿のなかの換算率で、粟を銭に換えるためのもの。計然の「三十」「八十」は政策の幅の両端で、買うべきか売るべきかを決めるためのもの。一つは会計の仮定、一つは介入の境界である。どちらの書も、年ごと土地ごとの価格の列も、この値で誰かが取引した事実も与えない。二つの「三十」を同じ市場価格と見るのは、二種類の数を一種類のものと取り違えることになる。
材料が与えないもの
日付も、場所も、実際の取引も一つもない。麦の値も豆の値も、凶作年の相場もない——あるのは「大飢」「中飢」といった等級だけ。李悝の畝一石半は仮定で、同じ一節のなかで本人が勤勉なら三升増えると言っている。収量が動くこと自体を認めているわけだ。計然の「六歳穰、六歳旱」は周期の話で、暦の記録ではない。これらの数字は今日の購買力に換算できない。石の大きさ、銭の購買力、税のほかにどれだけの負担があったか——どちらの書も記していない。
一石の粟はいくらで売るべきか。二つの書は二つの答えを出すが、どちらも「市場価格」ではない。李悝は言う、一石三十銭でも五口の家は四百五十銭足りない、だから国が動かねばならない、と。計然は言う、八十を超えさせず、三十を割らせない——そうすれば農も商も生きていける、と。一つは帳簿、一つは境界。実際に払われた値段は、どちらの書にも記されていない。
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参考資料・関連文献
- 班固《汉书》卷二十四·食货志上(东汉;维基文库本,未与点校本复核) — An Eastern Han treatise quoting a Warring States programme: 'Li Kui made the teaching of exhausting the land's strength for Marquis Wen of Wei.' It gives a model household — a man with five mouths, a hundred mu, one shi and a half per mu, a hundred and fifty shi of millet — then deducts a tenth in tax (fifteen shi), a shi and a half per person per month for food (ninety shi), and values the remaining forty-five shi at thirty cash each: 1,350 cash, less 300 for village and seasonal offerings, leaving 1,050 against 1,500 for clothes at 300 a head — a shortfall of 450. It then sets out the equalizing purchase (平糴): watch whether the harvest is upper, middle or lower; in a great harvest buy three parts and leave one, in a middle two, in a lower one, and stop when the price is level. Every figure is a round assumption; the passage names no place, year or actual transaction.
- 司马迁《史记》卷一百二十九·货殖列传(西汉;维基文库本,未与点校本复核) — A Western Han chapter that puts a grain-price doctrine in the mouth of Ji Ran, adviser to King Goujian of Yue: 'six years of plenty, six of drought, and every twelve years a great famine'; 'selling out grain, twenty harms the farmer, ninety harms the trader'; 'if the top does not pass eighty and the bottom does not fall below thirty, farmer and trader both profit — level selling, equalizing goods, so that passes and markets are not lacking, is the way to govern.' It adds that when dearness peaks it turns cheap and when cheapness bottoms it turns dear, and advises selling dear grain as if it were dung and buying cheap grain as if it were pearls. These are thresholds for state buying and selling, not quotations from a market; no date, place or transaction is given.




