日々の暮らし · 商から清まで
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身近な問いから、歴史の世界へ。
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宋 · お金と社会
「不着業次」:南宋臨安の閑人はどう食ったか
南宋臨安の「閑人」は、富家の子弟に付き添う食客から、虫を教え水芸を弄ぶ雑手、刀鑷を携えて宅院に出入りする涉児、香を献じて銭を乞う廝波まで。その下に「游手」——美人局と白日賊。

宋 · お金と社会
百二十文と十文——宋五嫂の魚羹と名店の値段
開封十六夜、周待詔の瓠羹は御前で百二十文足、市の店では十文。臨安の宋五嫂の魚羹は皇帝に味わわれ、人が群がり、富んだ婆さまになった。名店の値段は、どの層で高いのか。

宋 · お金と社会
婚礼は借り物で——宋の都の宴会レンタル
南宋の臨安では、婚礼の椅子も酒器も首飾りも衣服も、そして轎まで借りられた。四司六局という専門の一座が役を分け、主家は指図するだけ。借り物の体面が、都市のサービス業を支えていた。

宋 · お金と社会
瓦盆の頭銭——北宋開封の関撲
北宋開封の関撲は賭けで物を買う仕組みだった。年節には開封府が三日間「放」し、金明池は開池の一か月余り人に関撲を縦にし、瓦盆に頭銭を擲って最高一笏を三十笏に張った。南宋の臨安では夜市の日常になる。

唐 · お金と社会
戸籍が先にあった——唐の人は何で食べていたか
唐の法典は、荷の運賃も一日の工も一年の負担も先に決めていた。戸籍が人の種類を決め、租・調・役の額が並び、脚夫の値段まで書き込まれる。国家が値をつけたものと、書き落としたもの。
