三十四年、始皇は咸陽宮に酒宴を設け、博士七十人が寿を述べた。僕射の周青臣が頌を進め、博士で斉人の淳于越が諫め、丞相の李斯が上奏した——この奏議が焚書令の底本である。まず史料の層から。『史記』は漢の人の書いたもので、この一篇は漢人による秦の事の記述であって、秦代の実録ではない。本稿がすることは一つだけである。何を焼き、何を残したかを一条ずつ書き写すことであって、「焚書」の二文字でそれらを一つにまとめてしまうことではない。

酒宴から上奏へ

前口上は短い。宴で周青臣は、諸侯を郡県とし、人々は安楽で戦争の憂いがなく、万世に伝わると頌した。淳于越はこれに反対した——殷周の王が千余年続いたのは、子弟や功臣を封じて枝輔としたからであり、古を師とせずして長久なものは聞いたことがない、と。そして、いま青臣は面と向かって陛下をおもねり、過ちを重ねさせている、忠臣ではない、と言う——「事不師古而能長久者,非所聞也」。始皇はこの件を「下其議」して、群臣に討論させた。

李斯の議論は、理由を先に述べ、条文を後に置く。「五帝不相復,三代不相襲……時變異也」——五帝は互いに繰り返さず、三代は互いに襲わず、それぞれに治めた。互いに相反したからではなく、時が変わったからである。そして、いま諸生は今を師とせず古を学び、当世を非として黔首を惑乱している、と言う。私学は互いに教えを非難し合い、令が下るとそれぞれ自分の学でこれを論じ、家に入れば心に非とし、外に出れば巷で議する——「入則心非,出則巷議」。こうしたことを禁じなければ、上の主の勢いは落ち、下に党与ができる。「禁之便」——禁じるのが宜しい。この三文字のあとに、具体的な条目が来る。

焼くもの

第一条。「臣請史官非秦記皆燒之」——史官の蔵するもののうち、秦の記録でないものはすべて焼く。第二条。「非博士官所職,天下敢有藏詩、書、百家語者,悉詣守、尉雜燒之」——博士官が職掌するものを除き、天下に『詩』『書』と百家語を私蔵する者がいれば、すべて郡守・郡尉のもとへ送って焼き捨てる。この二条の対象は違う。一つは史官の官蔵、一つは民間の私蔵である。文の形も範囲を示している——「非博士官所職」という限定が、博士官の掌る書を外に置いている。

続いて四つの刑罰。原文のまま記す。「有敢偶語詩書者棄市。以古非今者族。吏見知不舉者與同罪。令下三十日不燒,黥為城旦」——『詩』『書』を偶語する者は棄市。古をもって今を非とする者は族。吏が知っていて挙げない者は同罪。令が下って三十日を過ぎても焼かない者は、黥して城旦とする。刑名は説明せず、換算せず、資料に書かれたとおりに写す。

残すもの

一句で総括する。「所不去者,醫藥卜筮種樹之書」——除かないもの、すなわち医薬・卜筮・種樹の書である。もう一句は法令を学ぶ道を示す。「若有欲學法令者,以吏為師」——法令を学びたい者があれば、吏を師とせよ。この一句の「法令」は、二つの記述で異なる。次節に見る。

「残す」のもう半分は、第二条の限定のなかにある。焼くのが「非博士官所職」である以上、博士官が職掌する書は焼く範囲に入らない。だが博士官がどの書を掌り、どれだけあったのか——二つのページはどちらも言わない。本稿も補わない。焼かないというのは、あの焼令に対してそうだという意味であって、その書が必ず無事だったということではない。

同じ書に二つの記事、そして一つの漢志

同じ『史記』のなかで、この事件は二度書かれている。『李斯列伝』の版ははるかに短い。「臣請諸有文學詩書百家語者,蠲除去之……若有欲學者,以吏為師」——文学・詩書・百家語を持つ者はすべて除き去り、令が届いて三十日を満たしても去らなければ黥して城旦とし、去らないものは医薬・卜筮・種樹の書であり、学びたい者があれば吏を師とせよ、と。始皇は「可其議」し、その後、詩書百家の語を収去して百姓を愚かにし、天下に古をもって今を非とするすべをなくさせた、と記す。『秦始皇本紀』と読み合わせると、この版には「史官非秦記皆燒之」がなく、「偶語詩書者棄市」「以古非今者族」「吏見知不舉者與同罪」もない。「悉詣守、尉雜燒之」は「蠲除去之」に、「令下三十日不燒」は「令到滿三十日弗去」になり、最も重要なのは「欲學法令者」と「欲學者」——一方には「法令」があり、他方にはない。両方を並べるだけで、一つの「法令原文」に合成したりはしない。

『漢書・芸文志』はまた別の書き方で、総述だけで条目はない。「至秦患之,乃燔滅文章,以愚黔首」——秦に至ってこれを患い、文章を燔滅して黔首を愚かにした、と。『易』についてはこう言う。「及秦燔書,而易為筮卜之事,傳者不絕」——秦が書を燔いてから、易は筮卜の事となり、伝える者は絶えなかった。易が卜筮に用いられたために絶えなかった、というこの一句は、「卜筮之書不去」とちょうど合う。どちらの句も漢人の言葉であり、漢志として示し、秦代の原文とはしない。漢志もまた、どの書が焼かれたかの一覧を出していない。

二つのページが与えないもの

焼いた書の数も、焼かれた書目の一覧も、博士官が掌っていた書目の一覧も、執行の記録(誰が焼き、何日かかり、例外があったか)も与えない。年以外の年代も与えない——三十四年はそのまま写し、西暦に換算しない。坑儒は別の事柄である。本稿は別の筋として一句だけ置く。この一篇の材料のなかにはなく、二つを合わせて語ることはしない。

確定できるのは、この奏議の条目だけである。史官の蔵する秦記以外を焼く。民間に私蔵された詩・書・百家語を焼く。四つの刑罰(棄市、族、同罪、黥為城旦)。除かない三種の書(医薬、卜筮、種樹)。法令を学ぶ者は吏を師とする。「制曰可」——裁可された。同じ『史記』の二つの記事には出入りがあり、漢志には総述が一句あるだけだ。どれだけ焼かれ、何が残ったのか——この二つのページは答えず、本稿も文化的破壊といった評価は書かない。

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参考資料・関連文献

  1. 《史记》卷六·秦始皇本纪(西汉司马迁撰;维基文库本,页面白文无注,未与中华书局点校本复核) — The thirty-fourth year: a banquet at Xianyang, seventy court scholars, Zhou Qingchen's praise and Chunyu Yue's objection that without following antiquity no rule lasts; the emperor refers the matter down, and Li Si's memorial follows item by item — histories other than Qin's records to be burned; outside what the court scholars hold, anyone privately keeping the Songs, the Documents or the hundred schools to have them taken to the commandant and burned; those who discuss the Songs and Documents together to be executed in the market; those who use antiquity to condemn the present to be exterminated with their kin; officials who know and do not report to share the penalty; thirty days after the order, failure to burn to mean branding and hard labour. What is not to be removed: books on medicine, divination and tree-planting; those wishing to study the laws to take officials as teachers. The reply: approved.
  2. 《史记》卷八十七·李斯列传(西汉司马迁撰;维基文库本,页面白文无注,未与中华书局点校本复核) — The same affair in the biography, shorter and differently worded: Li Si asks that 'all who have literary writings, the Songs, the Documents and the hundred schools be done away with'; the deadline is 'when the order arrives, thirty days and not removed', the penalty the same branding and hard labour; the books not removed are again medicine, divination and tree-planting; and 'those who wish to learn' take officials as teachers — without the words 'the laws' found in the annals. The burnings themselves are summarised as the emperor 'taking away the words of the Songs, Documents and hundred schools to make the people stupid, so that the world should have no means to condemn the present by antiquity'.
  3. 《汉书》卷三十·艺文志(东汉班固撰;维基文库本,页面白文无注,未与中华书局点校本复核) — The Han summary in the bibliographic treatise: 'when it came to Qin, this troubled them, and they burned and destroyed the writings to make the people stupid'; and, in the note on the Changes, 'when Qin burned the books, the Changes were a matter of divination, and those who transmitted it did not break off.' The treatise lists books and their transmission, not the Qin order's items; neither this page nor the Shiji gives a list of what was destroyed.