明
お金と社会
仕事、商い、人々のつながり

明 · お金と社会
北京から南京へ:徽州商人の路程書
徽州休寧の黄汴は、父兄とともに二十七年商いをしながら、道の里数・険所・盗賊の有無を八巻『一統路程図記』に書き留めた。北京会同館から南京龍江駅まで南下、潼関から連雲桟を経て成都まで四千三百二十里、山海関から順義まで十六駅・一程六十里。脚価も宿銭もない。

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苕箒十五把、七分五厘:万暦宛平県の一冊の帳簿
万暦年間、宛平県の知県・沈榜は、県が壇廟・陵園・宮府に納める品を一項ずつ帳簿に記した。苕箒十五把で七分五厘、太廟正祭の宛平負担は約三百九十七両、鋪行九則の徴銀、永楽初の七十五里が万暦には五十里に。これは採辦価と差役折銀であり、小売の市価ではない。
