日々の暮らし · 商から清まで
身近な問いから、歴史の世界へ。
大業元年(605)、河南・淮北の諸郡から男女百余万が徴発され、通済渠が掘られた。四年後、永済渠のために河北から集められた人数は、『隋書』が百余万、『資治通鑑』が五百余万で、五倍の開きがある。渠の幅、岸に植えた柳、帳簿に載る数と載らない数を、項目ごとに並べる。