日々の暮らし · 商から清まで
身近な問いから、歴史の世界へ。
九二四年、後唐の度支は「八十陌」、つまり八十文を百文として数えよと掲示した。だが巷は短い束を百文として通す。銭は銅器に溶かされ、塩は斤ごとに税を取られ、麴銭は畝に課された。足りない理由は条文のなかにあった。